19、金と銀
「銀髪の乙女はすべて、代替品なのです」
手入れの行き届いた銀糸が、指の間を抜けてはらはらと落ちていく。美しい髪を見つめる目は悲しげだ。
「歴代の聖女様たちは皆、金髪でした」
当時、金髪は強い魔力持ちの象徴だった。
特に光魔法に適性が強く、教会に勤める者の多くが金色の髪をしていた。
初代聖女もそう。稲穂のような美しいお髪を持っていたという。
だが、おそらく初代が亡くなった後からだろう。
金髪が生まれなくなった。
生まれたとしても、魔力を宿していない。
次第に次第に世界は聖女を失っていった。
「当時は魔物の数も多く、聖女の減少は致命的でした。そこで国が目を付けたのが、適正の低い銀髪の少女たちです」
光魔法の適性者は少ない。
力の強い者となれば尚更に。
銀髪は聖女の補佐を担っていたが、適性の低い者でも居ないよりはマシだと考えたのだろう。
国は銀髪を“聖女“として戦地へ送った。
送り、送り続けて、いつしか、銀髪の乙女たちが聖女として定着していった。
「それがいまの聖女です」
「原因は?」
「いいえ、ですが、幸いなことに力の強い者は産まれずとも、人数でそれを補えるようになりました」
なるほど、だから聖女にされたなのか。
力の弱い者が戦場に駆り出される様子を、オゥ・ジィサンは長年見てきたのだろう。
いま以上に魔物も多く、凶暴な魔物たち。
徴兵され、訓練もされぬまま前線に送られることも珍しくはなかったのだろう。
聖遺物も当時はまだ無かったし。
「これは王族でも一部の者しか知りません。この国にとって不都合な情報だからです」
文献にも載っていないという。
現在の聖女制度のヒビを入れる事実だ。積極的に抹消しているだろう。
「それをこの人が知っているのは」
「はい、彼は間違いなく当時を生きてきたのでしょう」
アルトはもちろん、城勤めの長いテックですらサラの話に驚いている。ルークもそうだ。銀髪の乙女は神に祝福された存在。そう教えられてきた。
それがまさか、代替品であったなんて。
ルークはどこかで腑に落ちていた。
疲弊した聖女たちが脳裏に浮かぶ。適性が低いのなら、彼女たちの死亡率の高さも頷ける。
「無辜ではない、無辜ではなかった」
「オゥ・ジィサン?」
「お許しを頂いたのではないのか....?いいや、聴くまでもない。銀鼠だ。銀鼠を使っているなら、それは咎の印に他ならない」
「おいおい、どうした?」
「ダメだ。ダメだダメだ、ダメだダメだダメだ!銀鼠では力が足りぬ。やはり我々が聖女様を裏切ったから、世界も人間を見捨てたのだ」
オゥ・ジィサンが声を荒げる。
言葉の意味は半分も理解できない。それでも、彼が抱く悲壮を声色からひしひしと感じた。
嘆きだ。重く冷たい嘆きが洞窟に落ちる。
「ご主人様、落ち着いて下ちゃい!」
「粛清の、刃など生温い......温情の剥奪こそが......最も、」
「いけまちぇん!興奮しては、」
呼吸が乱れる。胸を抑えて荒い息を繰り返すオゥ・ジィサンに、ミーが駆け寄る。
なんども咳き込み、肩を揺らす。瞳はどこか虚で、ルークたちを映してはいなかった。
「重い.......ッ...となぜ、なぜ.......カフッ」
「ご主人様!」
「オゥ・ジィサン!?」
口を抑えた手の端から、血が溢れる。
応急処置を、と咄嗟にオゥ・ジィサンに近づいたルークを鋭い声が静止した。
「お前は近づくな!!!」
「ーーーっ!?」
ミーだ。ミーが怒鳴った。
あまりの剣幕と殺気にルークは愛刀に手をかけていた。サラは足を止めている。
ふーふーと威嚇するミーが目を釣り上げる。
「そんなものを、ご主人様に近づけないでくだちゃい!!」
「わ、分かった。俺は近付かないよ」
両手を前に出して後ろに下がる。
ある程度の距離を取るまで、ミーはルークから視線を外さなかった。
オゥ・ジィサンをベットに横たえると、心臓に両手をあて回復魔法を唱える。
「癒しを、光の精霊よ我が声に応え彼の者に癒しの祝福を与えたまえ『癒しの光』」
薄暗い洞窟に淡い光の玉が浮かび上がる。
足元、土から湧き上がった光の玉はミーの手へと集まり、オゥ・ジィサンの中へと消えていく。
荒い呼吸が次第に整っていく。
「ご主人様、ご主人様!」
「........やはり、やはり.....死ぬしか.....止められなかったあの日に.....しょく、ざぃが」
「あの日?」
「聖女様、どうか、お許し下さい...無知な我々を...どうか、どうか....」
ぶつぶつと呟きは止まらない。
縋り付くようにミーの腕を取ると、懺悔の言葉を最後にゆっくりと瞳を閉じた。
呼吸はある。眠っただけのようだ。
ルークは、ほっと胸を撫で下ろした。
殺してしまったのかと思った。
「..........もう、用は済んだはずでしゅ。速やかなお引き取りを」
「でも」
「帰ってくだちゃい!」
鋭い怒声と共に飛んできたのは1冊のノート。胸にぶつかった物を慌てて受け止める。
「勇者も聖女も知らないでち!お前たちの事情なんて、あたちには関係の無いことを持ち込まないでくだちゃい!!」
出口を指さしてミーが吠える。
その瞳には涙が滲んでいた。
主人の命で仕方なく家に入れた人間が、主人を殺しかけた。オゥ・ジィサンが取り乱した理由をルークが知らないとしても、彼女には関係の無いことだ。
主人を殺しかけた、その事実だけでルークたちを嫌悪するには十分すぎた。
咎めようとするサラを静止する。
言い訳も、謝罪も必要ない。この場から速やかに立ち去る事だけが、ミーの望みだ。
「突然押し掛けてごめん。もう二度とここには来ないよ」
「その言葉が真実であることを願って、それをやるでち」
「これは?」
「ご主人様が付けていた日記の写しでち」
「......っ、ありがとう。大切にする」
日記を抱えなおす。
ルークたちは足早に洞窟を後にした。
洞窟を去るその最後まで、凍りつくような視線がルークたちの背中に突き刺さっていた。
後味が悪い、とアルトが言った。
「そうだね、最近はこんなのばっかだ」
勇者という職業は、いいや、先代の勇者がだろうか。随分と恨まれている。長寿の種族と出会うたびにぶつけられる真実を、ルーク噛み締めていた。
まるで、軽んじられる聖女のようだ。
「.........今は真逆か」
無意識に飛び出た最低な一言に、ルークは思わず笑った。
オゥ・ジィサンはお歳なので、明日にはきょうの出来事を忘れて元気にハツラツします。待ち人くるといいね。




