18、老人
教会から南に数キロ。
街から離れ、岩場ばかりの丘を登った先に老人の家はある。地図を頼りに訪れたその場所は、家というにはあまりにも野生的だ。自然にできた洞窟に住んでいる、と言われた方がしっくりくる作りをしていた。
一定のリズムで木の軋むよう音がする。
洞窟は無人ではないようだ。
ルークたちは、入口らしき場所から呼びかけた。
「すみませーん、聖女長の紹介で参りました。どなたか、いらっしゃいませんか?」
サラの声に軋む音が止む。
やがて姿を現したのは獣人の子ども。ネズミの獣人だろうか。丸い大きな灰色の耳が頭上にふたつある。腰からは細長い尻尾が伸びており、その肢体をエプロンドレスで包んでいた。
赤い瞳がこちらを訝しむように見ている。
「こんにちは、ここにオゥ・ジィサンという方はいらっしゃいますか?」
「.........お引き取りを」
「どうしても、お聞きしたいことがあるのです」
「.........お引き取りを、ご主人様は体調が優れまちぇん。お引き取りを」
「急ぎなのです」
年齢のわりに舌ったらずな口調の少女。
その顔は無愛想で、言葉を曲げない。
明確に警戒されていた。
「俺たちは勇者。取り立てじゃないよ」
「最初からその選択肢はないのでちゅ」
「じゃあ、どうしてナタを持ってるの?」
「女と老人を相手に男が3人。警戒して武器を手に取るのは当たり前でちゅ」
「聖女長から話が行ってない?」
「来ていまちぇん」
「まじか」
それは警戒する。人も寄り付かぬ場所に、見知らぬ集団がやってくればナタも持つよ。
てっきり話は通してあると思ったのに、すっかり出鼻を挫かれてしまった。
どうしたものかと、頭を悩ませていると奥から皺枯れた声が聞こえてきた。
「ミー、通してあげなさい」
「でもご主人様」
「こんな何も無い所に目的がなければ来ぬよ。盗賊だって寄り付きやしない」
「.....ご主人様がそういうのなら。でも、下手な動きをしたら許さないでしゅ」
しぶしぶと少女、ミーは背を向け中へと案内してくれた。
洞窟のような外観を抜けると、そこには洞窟が広がっていた。洞窟だ。洞窟を快適に改造して部屋にした空間がそこにはあった。
「洞窟でしたわね」
「洞窟だな」
「もっと魔法で空間的なものが歪んで、中は快適素敵なハウスを予想してたんですがね」
「洞窟を改造した洞窟だったね」
500年を生きる長寿のエルフというから期待していたが、実際に目にしたのは己より低い文化レベルの家。ガッカリしない奴はいない。
ルークも例に漏れず落胆していた。
妖精の方が太古の種族みたいな感じで、らしかったなぁ。エルフは滅多に姿を現さない森の賢者と言われるが、妖精と同じで文献が盛ってるだけかも。
ミーが足を止める。
恭しく頭を下げた先にいたのは老人だ。
足首まであるローブに身を包み、ゆったりとロッキングチェアに腰掛けている。死滅した毛根、皺皺の皮膚。長い耳さえ見えなければ、人間の老人と見分けは付かない。
「あなたがオゥ・ジィサン?」
「いかにも。歓迎しよう無辜の民たちよ」
ムコノタミ、とはなんだ。
首を傾げたルーク。それを口にする前に、座るよう促されると強引に茶を握らされた。ミーからの心情は相変わらず悪いようだ。
茶を一口。
まろやかな苦味が口内に広がった。
「ワシが生きているうちに会えて良かった。さあさあさ、ゆっくりして行きなさい」
「ご丁寧にありがとございます」
「なぁに、当然のことじゃよ。腹は空いていないか?茶菓子かなにか出そう」
「そんな、お気遣いなく」
「ミー、ミーや。お願いできるかのぉ」
「はい。勿論でちゅ」
ヒトが訪ねてくることが珍しいのか、オゥ・ジィサンは上機嫌に話し始める。テンションが高過ぎて少々こちらの話を聴いていないが、友好的な態度を好ましいとルークは感じていた。
それとも実際のエルフは、比較的友好的な種族なのだろうか。
「そうか、勇者か。勇者がな。うむ」
「勇者が来たことがそんなに嬉しいの?」
「ワシはこの時をずっと待っておった。それこそ気が遠くなるほどのぉ」
うんうん、と和かなオゥ・ジィサン。
熱心な勇者愛好家らしい。
これなら聖剣のことも詳しいかもしれないな。
期待を胸にルークが口を開く。
「質問しても構わない?」
「よいよい。ワシに答えられることであれば、なんでも答えて見せよう。それで、なにを聞きたいんじゃ?」
「聖剣って知ってる?」
「勿論だとも」
「それの作り方も?」
「おかしな事を聴く。前の時と変わらぬ。ただ頭を下げて、聖女様に乞えば良い」
「乞うって、お願いして力を分けて貰えば良いってこと、だよね」
やはり、読みは正しかった。
妖精たちの言葉通り、聖剣は作り出せる。
「具体的なやり方は分かる?」
「具体的には.....仕組みを知らん。だが、聖女様ならば知っておろう。難しいことは考えずに、剣を持って行けばよいだけよ」
「サラ、知ってる?」
「いいえ」
「それはそうじゃ、銀鼠に聴いても分かりゃあせん。聖女様に直接頼まにゃあならん」
「聖女様って、もしかして個人の話をしてる?悪いんだけど、名前で教えて欲しいな。聖女ってほら、たくさんいるからさ」
「たくさん?お主こそなにを言っておる。聖女様は後にも先にもお一人だけじゃぞ」
「ん?なんか、会話が噛み合って無い?」
この国の聖女は多い。
具体的な人数を把握しきれない程に。
そのことをオゥ・ジィサンに告げると、唖然とした顔をルークに向けた。うろうろと視線が揺れ、動揺しているのが分かる。
常識が欠けている。洞窟にいるせいで、認識が化石のように止まってしまったのだろう。
「.........お主も聖女にされたのか?」
「はい」
「銀鼠を、銀鼠を聖女に....」
オゥ・ジィサンがゆっくりと顔を上げる。視線の先にはサラがいた。彼女を凝視し、可哀想にと呟いた。
「なぜそのような惨い仕打ちが出来る。それが国命じゃと?なぜ許しを請わぬ。なぜまだ罪を重ねる。悪戯に死者を増やしてなにが楽しい」
「悪戯にって、魔物の討伐や浄化は聖女にしか出来ないからでしょ。仕方ないんすよ」
「わざわざ適性の低い銀鼠を、死地に送り出す行為が仕方がないだと。気でも狂うたか!」
「っ!」
「あんたこそ何を言ってんだ?適性があるから聖女に選ばれてるんでしょう」
耄碌しちまったのか、とアルトが眉を下げる。
銀髪の少女は、聖女の適性が最も高いと言われている。真逆のことをさめざめと語り涙する姿は、悲劇的でとても嘘を言っているとは思えない。アルトの言うとおり耄碌してしまったのか、それとも。
思考を遮るようにサラが「あの、」と声を上げた。
「本来の聖女の髪は何色か、お聴きしてもよろしいでしょうか」
「豊作の象徴、黄金色じゃ」
「ーーっ!やはり、ご存知なのですね」
オゥ・ジィサンの言葉にサラが血相を変える。
唇に指を当ててなにやら考え込むと、決心したのかルークたちを見た。
「オゥ・ジィサンの言葉は真実です」
己の髪を一掴みする。
ルークたちに見えるように持ち上げた。
「銀髪の乙女はすべて、代替品なのです」
「だいがえ」
銀糸が指の隙間から流れ落ちていくのを、ルークはただ見ていることしか出来なかった。
続きは今日中に投稿します!




