16、密約2
聖女長が呼吸を整える。
話を促すと、咳払いをひとつ付いて話し始めた。
「教会が聖女たちの宿泊所になっているのは、ご存知かと思います」
その中でもゴウトー街の教会は王都に近く、宿泊所も充実しているため、国中の聖女が滞在に訪れる。
ヒトが集まれば会話が生まれる。
会話が生まれれば情報が集まる。
情報が集まれば精査され、最も濃厚な情報が残る。
特に生死に直結する魔物の情報は、より濃く頻繁にやり取りされていた。
「活発になる魔物に対抗するべく、情報を元に我々は魔物の行動パターンの統計を取りました。そして、あることに気付いたのです」
「あること?」
「魔物の攻撃性が地区によって違う」
「ーーー!」
「旅をしていた勇者様ならご存じですよね」
ルークは確かに覚えがあった。
田舎、それも辺境と呼ばれる場所であっても攻撃的な魔物がいる地域。
逆に都会、人の行き来が激しい場所であっても穏やかな魔物がいる地域。
風土による影響だろうと思い込んでいたが、それが別の要因であるなら問題だ。
「俺は人間が少ないから魔物が大人しいって考えてたけど、それが当てはまらない街も確かにあった」
「コンコ村か」
「あそこは今でこそ栄えてるけど、ちょっと前までは観光客なんて寄りつかない内向的な村だったんだ」
小さい村でありながら、魔物の出現率が異常に高く観光客どころか商人だって近づかない村として有名だった。近くに大きな街があるのに、と不思議に思っていた。
「それに聖遺物が関係してると?」
「はい。街に近い、とりわけ聖遺物がある街に近い魔物は、どこよりも凶暴で攻撃的だと結果がでました」
「それは」
「偶然かとその聖女は辺境の地まで足を運んだそうです。そして、野生動物のように暮らす魔物を発見しました」
凶暴性は皆無。餌さえ放れば触ることすら出来たという。野うさぎと変わらないと、捕まえて教会に連れ帰った。
「魔物は大人しかったたそうです。ですが、王都に近付くたびに豹変し凶暴になった」
疑問に思った聖女は魔物を連れて各地を旅しました。王都、デブリン、ゴウトー、西へ東へ歩いて魔物の様子を観察し続けました。
田舎に行けば行くほど大人しくなる魔物。
都会に行けば行くほど凶暴になっていく。
その近くには必ず聖遺物があった。
「そこで彼女はある仮説を立てました。聖遺物が魔物を凶暴化させているのではないか、と」
彼女はゴウトー街に戻ると、聖女たちから情報を集め、そして確信した。
魔物の狙いは聖遺物であって、人間ではない。
むしろ、人間への興味は薄いのではないか。縄張りに入ったから威嚇する。攻撃されたから攻撃する。動物となんら変わりないのではないかと。
「理由は分かりませんでした。ですが、我々はそれを虚言だとは思えなかった。覚えがあったからです」
立証する術はなかった。
万が一、その仮説が崩れた時に待っているのは魔物による街の蹂躙だ。誰も試そうとは言えないまま年月が過ぎた。サンタフの存在もあり教会本部への不信感が膨れ上がる中で、転機が訪れた。
それがデブリン襲撃事件。
「居合わせた聖女の話では、魔物は結界を破壊した後、一目散に教会に向かったと言います。進軍に邪魔な人間は襲えど、逃げた者には見向きもしなかった、とも」
聖女たちの中で疑念は確信に変わった。
「わたしたちには余裕がありません。明日にも尽きるかもしれない命を前に、試さずにはいられませんでした」
獣人の存在は前から認知していた。
彼女たちには、都合が良かったのだという。だから、抵抗する気もなく獣人たちに聖遺物を盗ませた。
結果は言わずもがな。
「この街には魔物がほとんど出没しなくなりました。わたしたちの仮説は正しかった!」
日に何度も結界に突撃していた魔物の姿は消え、訪れた商人が襲われることも無い。ゴウトー街の付近で負傷する聖女は激減し、破損した結界に魔力を奪われることも減った。
「魔物はいまどこに向かっていると思います?獣人の村です!彼らに着いて行った!やっぱり、やっぱりです!聖遺物が魔物を惹き寄せていた!」
きらきらと輝く瞳は星のよう。
ロウソクの灯火しか無い室内を、聖女長の声が明るく照らした。まるで明日は遊園地に行くのだと、はしゃぐ少女のように明るく明るく笑って天を仰ぐ。
重量すら違うのかと疑いたくなる。
重苦しい空気を纏うルークたちとは対照的に、聖女長は今にも飛んで行ってしまいそうだ。
「........それを、信じろと?」
「いいえ、いいえ、信じる必要はありません。ただ、わたしは事実を述べているだけ」
「荒唐無稽すぎる」
「ええ、理解しています。そのうえで、こうしてお願いに参りました」
聖遺物の存在に意を唱える。
それは王様の威光に背く行為だ。
それでなくとも、王様が民のために分け与えた神物を故意的に盗ませたなど、首を刎ねられても文句は言えない。
王族の前だぞ、と牽制する意味も込めてテックが圧をかけるもどこ吹く風。
聖女長は笑っていた。
「信じる必要はありません。どう思われてもいいのです。わたしを嘘つきと罵って頂いても一向に構いません。ですが、聖遺物だけは別です。あんな、あんな訳の分からない呪物でわたしの大切な街を汚さないで」
瞳の奥にあるのは怒りと憎しみ。
笑っていても滲み出る黒い感情に、息を呑んだのはサラだった。きっと文句の一つでも言おうと思っていたのだろうに、開いた口ははくはくと開いて、やがて閉口した。
これ以上の対話は温室育ちには酷か。
ルークはサラの肩を叩くと、聖女長に視線を合わせた。
「話は理解した」
「ならー!」
「だけど、鵜呑みには出来ない。聖遺物が魔物を引き寄せているのだとしても、結界の要となっている事実は変わらないから」
「街はかつてないほどに平和です!結界など無くとも、なにも心配は」
「もし、一連の魔物の行動が魔王が指示したものであれば、聖遺物の破壊を優先しているから街を襲わなくなった可能性だってある」
「それは.......」
「すべての聖遺物を破壊した後、街を襲わないと断言できる?」
「........破壊しろとは申しません。ただ持ち込まないで欲しいのです」
「持って逃げ回れと?」
「民を守るのが勇者の仕事でしょう?」
「勇者の仕事は、あくまでも魔王の討伐だよ」
民を守るのは王様と天の使いである聖女だ。
勇者は魔王を狩る任しか請け負っていない。道中に魔物を狩っているのは、あくまでもボランティアだ。
勘違いしているヒトも多いが、大義のためなら民は見捨ててもいいことになっている。それが勇者のお仕事だ。
つまり、善意で責を負う必要は無いってこと。だからこの場合の答えはNOだ。
「聖遺物を譲り受ける気は無いと?」
「うん」
「.........そう、ですか」
視線が下がり聖女長の考えが、瞼の影に隠れてしまった。
「それならーーー」
少考する彼女は、やがて口元を歪めて視線を上げた。嫌な笑みだった。
続きは今日中に投稿します!




