13、強盗
「このような者が勇者?!」
「はい」
応接室にサンタフの声が響く。
サラの返答は平坦で、視線は氷のように冷たい。常から、ルークに向けている物とは2度も3度も低く感じられる。
紅茶を口に含む。
湯気がたっているのに、口当たりはどこか冷たい。茶請けはやけにパサパサしていた。聖女長の腕が悪いわけではない。緊張して口内が渇いているのだ。
彼女は優秀だ。サラを先頭にルークたちとサンタフを応接室に有無を言わさず案内すると、扉の前に立って目を閉じてしまった。
終わるまで出す気はない。強い決意が感じられる。
もう一度、紅茶を喉に流し込む。
うん、温い水。
「勇者様のこともお伝えしてあるはずですが」
「初めてお会いしたもので、まだお顔を覚えては」
「写真付きで書類は送ってあります」
「忙しいもので」
「忙しい、そうですか」
微笑むサラだが、目は笑っていない。
無言で手を後ろに回すと、すかさず聖女長がサラに封筒を手渡した。開けられた形跡はないそれには、王家の封蝋が押されている。
サンタフの頬を汗が伝った。
王家からの便りを未開封のまま放置するなど、王家を蔑ろにしていると取られてもおかしくない。
「なるほど、忙しい」
ナイフで手早く開封する。中にはルークに関する書類が顔写真付きで封入されていた。
“この者を勇者として認定する“
そう書かれた書類をサラが持ち上げる。サンタフに見せ付けるように指で摘むと、目の前でひらひらと振ってから机に置いた。
サンタフの顔が青くなる。
「そ、それは」
「テック」
「はっ」
「枢機卿の職務怠慢を報告して下さい。もちろん、勇者様への無礼千万な態度も含めて」
「承知しました」
「ひ、姫様!」
「それでは、本題に戻りましょう。なぜ、聖女に暴言を?」
「それは、あの者たちが仕事を疎かにしているからで.........きょ、教育の一貫だったのです!」
「わたくしには仕事を疎かにしているのは、あなたのように見えますが」
コツコツとサラが指で机を叩く。
サンタフは顔を苦々しく歪める。サラの後ろに控えていた聖女長を睨め付けるが、鼻で笑われ終わる。
「枢機卿が女遊びに耽って.......おっと、失敬。大事な日課で不在の間に、聖遺物が盗まれたのです」
「................詳しくお願いできます?」
「はい」
聖女長はゆっくりと口を開いた。
いつものように祈りを捧げていると、突然教会内に煙が上がった。
「火事だ!」と声がして、慌てた仲間が参拝客を外に逃した。聖女長は聖遺物を守ろうと、聖木に駆け寄ったが、突然後ろから殴られた。昏倒し、目を覚ました時には聖遺物は盗まれた後だった。
「水鏡には犯人の姿が映っていました」
「それは?」
「獣人です」
「確か獣人の村には聖遺物がありませんでしたわね」
「はい。おそらく動機はそれかと。犯人は特定出来ましたが、彼らの拠点は分かっておらず追跡は.......」
「一大事ですわね」
「そうです、一大事なのです!ですから、犯人を追うようにと聖女たちに指示を出して」
「今、拠点は見つかっていないと話したばかりですが」
「獣畜生に拠点などありません!あれらは、魔物と同じ。せいぜい群れを作っているに過ぎません!ただ森に入り制圧すれば良いだけのこと......それを臆して虚言を申しているに過ぎないのです!」
「はぁ......」
手で顔を覆って、深い溜息をついたのはサラだ。
サンタフの無能具合に頭を抱え、次の言葉すら紡ぐのが億劫になっているのがよく分かった。
可哀想とは思うが、相手は身分の上な枢機卿。そちらの問題はお偉いさん同士で解決して欲しい。
それよりも、ルークには気になることがあった。
ちょいちょいとアルトの袖を引いた。気付いて身を屈めたその耳にルークが囁く。
「ねぇ、アルト。水鏡ってなに?」
「監視用の魔法道具です。魔力を流しておくと、切れるまでの間の出来事を記録して残しておけるんです」
「へぇ、便利だね」
「効果範囲は狭いんで、実用的とは言えませんけどね」
水鏡は設置した場所から3畳ほどの範囲しか監視、記録しておけない。防犯用にと開発されたが、頻繁に魔力を注がねばならない不便性から一般には普及しなかった。
常に聖女が行き来する教会だからこそ、教会には浸透したのだろう。聖遺物の監視ならば、3畳という狭い範囲でも問題はない。
アルトは物知りだね、とお礼を言った。
ところでさ、とルークが続ける。
「獣人の村、あるよね?」
「ありますね」
「俺たち行ったことあるよね?」
「ありますね」
「言った方がいいかな?」
「教会には止めた方がいいと思いますよ」
「じゃあ、説教が終わるまで待とうか」
「そうしましょ」
しぃーと、人差し指を唇に当てる。後ろで聞き耳を立てていたテックにも、しぃーと合図する。
彼は心得たと頷いた。
姫が苦悩の声を上げる。サラが顔を上げた。
口から出たのは、トゲが剥き出しの低い声。
「拠点も持てない畜生同然の盗人に聖遺物を盗まれた挙句に、未だその足取りすら掴めていないと......。サンタフ枢機卿が、ご自身の無能っぷりをアピールして楽しむドMの変態野郎だとは思ってもいませんでしたわ」
「なっ!?」
「ぶっ!」
「ちょっと笑ったら可哀想ですよ.......ぶふっ」
「そうです。趣味はヒトそれぞれで....ぶはっ、あ、ははは!ゲフン、失礼」
「プライベートでしたら幾らでも楽しんで頂いて構いませんが、仕事にまで持ち込むのは止めて頂けます?本当ぉおぉに迷惑です」
「ち、ちが!失態を犯したのは聖女たちで」
「職務中に酒場に入り浸る行為が失態ではないと?」
「ーーーーーッ」
笑いの漏れる後方組に怒りをぶつける暇すら与えない。矢継ぎ早に罵倒するサラに、サンタフはついに口を閉ざしてしまう。その顔は爆発寸前の爆弾のように赤い。
もはや言い訳は通用しないと理解したのか、怒りのあまり憤慨しそうなのを押し留めているのか。後者だろうなとルークは思う。
サラが聖女長に話を振る。
「以前から獣人はこの街に?」
「はい、たびたび姿を現していました」
「下見ですわね」
ルークが感嘆の声を上げる。
サラの後ろで、愉悦の表情を浮かべていた彼女だが、話題を振られた時にはその表情はすっかり引っ込んでいたのだ。
さすが聖女長。
くぐって来たストレスの数が違う。
「魔王の指示でしょうか」
「うーん。結界の気配はあるから違うんじゃないかな。どんどん遠ざかってはいるけど」
盗まれてからもう半日は経っている。
魔王の指示なら破壊されているだろう。聖遺物にかけられた防御魔法が解けない線もあるが、普通なら手立てを整えてから盗むはずだ。突発的な犯行ではないのだから、今回はその線は薄いと考えていいだろう。
「そうなると別の目的か」
「結界はいまどの辺に?」
「街の半はまだ覆われていますから、10キロ圏内でしょうか」
「半分?!半分しか結界に覆われていないのか!?」
サンタフが声を上げる。
冷めた瞳が一斉に彼を襲う。
枢機卿として結界の範囲が特定出来ていないとバラす行為なのだが、彼は止まらない。
ドスドスとその怠惰な身体を震わせながら、焦った様子で声を張り上げた。
「それでは魔物が入ってくるではないか!」
「バリケードを設置しています」
「そんなもので防げるわけないだろう!」
聖女長を怒鳴りつけて
続いてサンタフはルークに目を付けた。いや、ルークにというか勇者にだろうか。
ゴマを擦るように両手を摩り始めた。
身体から入るタイプなのかもしれない。
「勇者様、そうです勇者様がいました!聖遺物が戻るまで、この街を守ってください。金ならいくらでも出しますよ!」
「その魔物から民を守るのも、枢機卿の仕事だって聴いてるけど」
「バカを言うな!死んだらどうする!」
露骨なゴマ擦りが気持ち悪くて、つい正論で会話を打ち返してしまったルーク。案の定、サンタフは怒鳴り声を上げて反抗する。
手を返すのが早すぎる。
「勇者なのだろう?!黙って上司である俺の言うことを聞いて、街を守っていればいいのだ!」
残念だけど俺は王様に雇われているので、直属の上司は王様であってサンタフではない。
とはいえ、街をそのままにするのも気が引ける。
ルークはうーんと顎に手を当てると、アルトを見た。
「どうにかならない?」
「あんたはもぉお.........はいはい、お人好しのあんたならそう言うと思ってましたよ。獣人の村への地図は?」
「残念ながら」
「なら、情報収集に数日かかりますんで、その間は街を守るってことでどうですか?」
「数日!?それでは足りん!」
「勿論です!ありがとうございます!」
「こら、勝手に」
「宿やお食事はもちろん、御用があれば出来うる限りのことはさせていただきます」
「ありがとう」
「んじゃあまぁ、そういうことで」
「おい!話を聞け!」
サンタフの怒鳴り声をBGMに、ルークたちは話を進めていく。
正確な獣人村の位置が分からない以上、村に入るには獣人の案内が必要になる。前回と同じ酒場に居てくれればいいのだが、難航する可能性が高そうだ。
その間に、バリケードの方は手伝うとしよう。
「怒鳴っていて、よろしいのですか?」
「は?」
「あなたの職務怠慢については、城から人を呼びますので正式な罰を受けて下さい。今からでも減刑のために言い訳の準備でもしておいた方が、よろしいのではなくて?」
「そんな!」
「お暇させていただきますわ」
サラの号令を合図にルークたちは立ち上がる。
ルークはバリケードの手伝いに、アルトは案内人を探しに、サラとテックは教会に留まり復旧の指示を出すらしい。
それぞれ目的を伝えると、散会していった。
サンタフを残して。
「くそっ、くそくそくそ!このわたしをコケにしたこと、絶対に後悔させてやるからな」
教会内にサンタフの遠吠えだけが響いていた。
続きは今日中に投稿しますね!




