12、枢機卿
ゴウトーは妖精の森より更に西にある。
海が近く交易が盛んで、小さいながらも活気に溢れた場所だ。デブリンや王都で使われている食材の大半は、ゴウトーからの輸入品だ。
「ゴウトーの石は石灰石なんだ。だから、街中では農業も盛んに行われているんだって」
ゴウトーのすぐ西側には海があるが、それは遥か下、断崖絶壁の向こう側にある。潮風が強く、植物も育たない岩ばかりの土地が広がっている。
昔は野菜は輸入に頼っていたのだと、前に訪れた時に街人が話してくれた。
「石灰石の有用性は初代聖女様が教えてくれたらしい。感謝の意味を込めて、ゴウトーでは信仰深い人間が増えたんだってさ」
初代聖女はとても見識深い女性だったという。
魔法に長けていたが、それに驕れることなく街人に手を差し伸べてくれた。
おかげで街は豊かになった。
感謝の意を忘れぬようにと、ゴウトーの入口には初代聖女の石像が飾られている。
「肖像画.....ご尊顔が残る書物などの類は、城にも保管されていませんでした。信仰深いとは聞き及んでおりましたが、まさかここまでとは......」
サラの声が弾む。
怒りに燃えていた瞳は、嘘のように晴れやかだ。
片手にまんじゅうを持って石像を見上げる姿が、なんとも子どものようでルークは笑う。
手には土産袋が大量に掛けられている。後ろで疲れた顔をしたテックの両手には、さらに大量の袋がぶら下がっていた。
聖女様まんじゅう、聖女様せんべい、聖女様なりきりセット、聖女様と行く聖地巡礼(仮)、聖女様の缶バッチまであったか。
「素晴らしい信仰心ですわぁぁぁあ!」
「信仰深いって言うんですかね?これ」
「観光に傾いてる気はするかな」
サラの土産袋を指さすアルト。
彼の手にも、聖女様ソフトクリームが握られている。
祝福と言われて塩を振りかけた時は、さすがに笑ってしまった。美味しいけど。
「これだけ地域に根差しているのは、民に愛されているということ。立派な信仰ですわ」
「民がどうであれ、ゴウトーの教会には枢機卿が在籍しておられる。それだけ重視しているのは、間違いないと思うぞ」
「お帰り、テック」
「ただいま」
あれもこれも、と際限無く増える袋にゲンナリしていたテックが戻ってきた。城への宅配を依頼してきたようだ。身軽になった彼は、聖女様せんべいを嬉しそうに頬張る。
「枢機卿って大聖堂にいるんじゃないの?」
「普段はな。それぞれ教会を管理していて、なにかあれば駆け付けるようになってる」
「大きい教会ですと、枢機卿の管理で動いているはずです。まあ、建前上はですけど」
「建前上なの?」
「仕事はその教会の聖女にぶん投げて、自分は大聖堂で遊戯に耽っておりますの」
「取締ったりしないんだ」
「見つけ次第に減給していますが、賄賂などで至福を肥やしているので効果は薄いのです。いつか懲罰房送りにしてやるのが、わたくしの目標ですの」
「苗の子孫には難しいでしょう」
苗の子孫とは、最初に苗を与えられた6人の人間たちのことだ。王が認めた人間の子孫たち。それだけに蔑ろにするのは難しい。
民たちの人気は最低レベルだけど。
「だとしても!ぜっっっったいに諦めませんわ!あのクソ豚共を牢屋にぶちこんでやりますの!」
天に拳を突き上げて、高らかに宣言するサラ。
その手にまんじゅうさえなければ、格好良く決まっただろうに。だが、民衆への受けは良かったらしい。あちらこちらで拍手が巻き起こった。
いいぞ!姉ちゃん!なんて、声まで飛んでくる。
こらこら、煽らないでくれ。誰が彼女の機嫌を取ると思っている。
そういえば、サラを城に返す計画は失敗に終わった。
妖精の森から帰還後にそれとなく話題に上げたのだが、妖精の態度はサラの負ん気に火をつけてしまったらしい。
絶対に聖剣を妖精に叩きつけて、メンタルをけちょんけちょんにすると息巻いていた。
お姫様とは思えないタフさだ。
「これが第一王女とは、国の先行きが不安でたまりませんわ」
「.....言い返す言葉もない」
「元気なことは良いことだよ」
そういう事にしておいた。
肩を落とすお目付け役の背中を叩く。自分たちはこの旅でお役御免となるが、彼は城勤めなのでそうはいかない。最悪、生涯を共にすることすらありえるのだ。
今から忍耐を鍛えておくと良い。
俺もそうする、とルークは笑った。
「勇者殿はあれだよな。物腰のわりに言葉がキツイときがあるよな」
「お、分かってくれました?」
「えー、優しくしてるよ」
「自覚が無いから厄介なんですよね」
「あははは」
冗談きついぜ。
アルトの鳩尾に正拳突きを繰り出し、手荒に黙らせる。テックが引き攣った声を最後に笑うのを止めたので、群がられているサラを回収し教会への道を急いだ。
「そういえば、枢機卿ってどんな人?」
「お会いしたことありませんの?」
「大きな教会には何回も顔を出してるけど、俺は無いかな。アルトは?」
「残念ながらオレもっすね」
「だから......なるほど、幸運でしたのね。枢機卿、ゴウトーの枢機卿は一言で表すならーー」
「お前はなにをやっていたのだ!」
「ーーー憤怒。憤怒のサンタフ」
男の怒声。それに女の怒声が殴り返す。
怒鳴り声と怒鳴り声の応酬に、サラは呆れた顔を浮かべた。周りも慣れているのだろう。声に反応はしてが、すぐに日常に戻っていた。
「この街の名物なんすか?」
「頻繁に怒鳴っているでしょうから、なっていてもおかしくはありませんわね」
「そんなに、いつも怒ってるの?」
「いつも怒ってますわね」
「サラも怒られたの?」
「そんな度胸が彼にあると?」
にっこり笑顔のサラにルークは首を振った。
一国の姫に怒鳴ったら不敬罪で首が飛ぶので、だいたいの人間にそんな度胸は無い。
その間にも教会内は白熱していく。
「おめおめと聖遺物を盗まれおって!」
「管理を任されているのは、枢機卿である貴方でしょう!」
「職務怠慢だといっておるのだ」
「職務怠慢はあなたの方でしょう!?その日だって若い子と飲んだくれていたじゃないですか!」
「なっ!なぜそれを」
「みんな承知してます!!知らないと思っているのは、貴方だけですよ!」
「このっ.......生意気な女め!」
サンタフの怒りが爆発する。
ブクブクと太った手が振り上げられる。言い合っていた聖女もこれにはさすがに驚いたのか、身体を強張らせていた。悲鳴が上がる。
肉に溺れた指が聖女を取られる前に、咄嗟にルークは間に滑り込んだ。太い豚足のような腕を押さえる。
「なんだ貴様!」
「そこまでに」
「こいつのせいで聖遺物が盗まれたのだ!躾けてなにが悪い!」
「だから、管理者は枢機卿で」
「わたしがいない間の責任は聖女長である貴様の責任だろうが!」
「はあ!?」
「まあまあまあ」
聖女、改め、聖女長ががなる。
今にも殴りかかりそうな雰囲気に、ルークはどうどうと彼女の肩に手を置いて静止した。
困った。似たもの同士の揉め事だ。類は友を呼ぶというが、怒りっぽいのが集まらなくてもいいと思う。
「落ち着いて話をしよう。殴って会話ができるのは狂人だけだよ」
「関係のない者が出しゃばるな!」
「では、関係があればよろしいのですね」
怒りの矛先がルークに向き掛けた時だった。凛とした声が怒りを遮る。
「お久しぶりですね。サンタフ枢機卿」
「さ、サラ様!?なぜここに」
「ここに居ては都合が悪いと?」
「い、いえ、そういうわけでは.......」
モゴモゴと言葉を逃すサンタフ。
それを見るサラの目は冷たい。見上げているはずなのに、見下ろされているような威圧感を感じた。さすが王族だな。
「きょ、今日はどういったご入用で?」
「どういった?」
「ひぃ!」
「おかしいですね。わたくしが公務で外に出ていることは、枢機卿には伝達済みのはずですが」
「え?あ.......はい!もちろん、それは存じております。ですから詳しい内容をですね」
「それが推測できていないのは、あなただけのように見えますが」
サラの視線の先には、聖女長が立っていた。
ルークの背から抜けて、いつの間にか教会の中でテキパキと指示を飛ばしている。
断片的に拾える単語から、どうやらルークたちの部屋を用意しているらしい。
それに比べて、とサラの視線がサンタフに移る。
目は口ほどにものを言う。女性特有のあの無言の圧って怖いよね。
サラがため息を1つ。
「その件も含めて奥でお話ししましょう。中に案内して頂けますね」
「...........はい」
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