10、聖剣
お菓子の家ではなかった。
注意と文句の多いレストランでもない。
それでは肉食獣の自宅か。
そのどれでもなかった。
ルークたちが連れてこられたのは、薄暗い森の奥。待ち人の来ない墓標の前。
雑草が生い茂り、最低限の手入れすらされていない。墓標の周りには幾重にも古びた剣が突き刺さり、異質さを際立たせている。
ルークはこくりと唾を飲み込んだ。
清純な空気など、ここには無い。有るのは強い憎悪にも似た執着だけ。
「ここは、なんですの」
「剣の墓場だよ。きみたちが求めた剣のね」
「聖剣....なのですか?あれが?」
サラの問いかけにキー・胡桃が平坦に答えた。震える指先で信じられない、と口元を押さえて後退る。
伝承の聖剣とは正反対の禍々しい剣。
ルークでさえ呆気に取られたのだ。信仰深い聖女なら卒倒していてもおかしくはない。
「好きな物を持って行ってくれ。全部でもいい。むしろその方がいい」
「ふざけてます?」
「いや、大真面目だとも」
「おちょくるのも大概にしろよ.......」
「アルト!」
「早く聖剣を出せ。こんな物をうちの大将に持たせられるわけねぇでしょ」
キー・胡桃の胸ぐらをアルトが掴む。
止めに入るが、問題ないと手で制される。
「おちょくるってなによ!」
「せっかく教えてあげたのに!」
「まぁまぁ、魔王様が復活なされて焦っているんだろう」
ひょうひょうとした態度は崩れない。
それどころか、妖精たちの非難の声を宥めてすらいる。この展開を、彼は予想していたのだろう。
「早急に力のある剣を求めるなら、もちろん用意できるとも。ただし、代償はそれなりに高く付くけどね」
「代償?」
トンッとキー・胡桃がアルトの胸に指を当てる。胸の中央を軽く押して笑った。
「人間の命さ」
「.......っ、ふざけるな!」
クスクスからケラケラへ。アルトの声に反応し、笑い声が大きくなっていく。声に混じって“血が必要“と妖精たちが囁く
“血、血が、血が欲しい“
サラが耳を塞いだ。テックですら顔を顰めて妖精たちを睨み付けている。
「聖剣を得るために命を捧げろって?そんな話をどうやって信じろってんだ!」
「なにも勇者である必要はないよ。善悪に関係なく強い感情を持っていれば、それは誰でも構わない」
「生贄だせって事に変わりないだろ!」
「そうだけど、なにか問題かな?王の肌に傷を付ける代物が、有象無象の命で手に入るんだ。安いものじゃないか」
「てめぇ!」
アルトが拳を握りしめる。
これはまずい。咄嗟にルークが静止するが、アルトの怒りは治らない。キー・胡桃の胸ぐらを掴んだままで離さない。
「アルト、いいよ」
「でも!」
「突然、聖剣を寄越せってここに来たのは俺たちの方だよ」
「だとしても、これは!」
「サラ」
「.......こんなの酷すぎます!」
サラが声を上げる。
目には涙が溜まっていて、今にも泣き出してしまいそうだ。お姫様にこれはキツかったか。
「酷いってなによ!」
「アドバイスしてやったのに!」
「諭すことと貶すことは同義ではありません!」
「なんなの偽物!初代様じゃないくせに!」
「嫌なら出て行きなさいよ!」
「聖剣も作れない偽物が!」
「おいおい、さすがに口が過ぎるぞ」
「うるさい!傲慢な人間め!」
「こらこらお前たち、カッカしないの」
妖精がテックに噛みついたところで、2回拍手が鳴る。キー・胡桃だ。ぴたりと声が止み、続いて、ごめんなさぃと小さな声がした。
「すみません、彼女たちは人間が好きではなくてね。気が立っているようです」
「あんたもすか」
「.......そうですね、あまり好ましくは」
「だからこんな度の過ぎた嫌がらせを?そういう性根が腐った所は、あんたの大嫌いな人間とそっくりっすね」
「揶揄ってはいませんよ。すべてが真実です。我々、妖精は嘘を吐きませんから。人間と違って」
「.....へぇ、どうだか」
売り言葉に買い言葉。お互いが敵意むき出しの状況に困ったのはルークだ。
この状況を想定していなかったわけじゃないだろうに、どうして煽るかなぁ。
ふぃーとため息をついた。
妖精は悪戯好き。嘘を付けないことすら、真偽不明な種族。ただ1つ正しい情報は、極度の人間嫌いであること。森の奥深くで暮らしているのはそのためだ。
そこに(許可されたとはいえ)土足で踏み込んで聖剣を寄越せなんて、機嫌を損ねるに決まっている。
もっと穏便に出来ないかな。
好戦的なメンバーにルークは頭を欠いた。
「勇者様!もう帰りましょう!こんなおふざけに何時迄も付き合ってはいられませんわ!」
「いや、聖剣貰わなきゃ」
「あれを見たでしょう?聖剣なんて、この森にはありませんわ!」
わたくし、なにも感じませんし!
憤るサラにテックが同意して頷く。
「これが本当に聖剣だったとしても、妖精が管理を怠ったせいでボロボロで使い物にならない。居るだけ時間がもったいないな」
「今回ばかりはオタクに同意しますわ」
こういう時だけ気が合うの止めて欲しい。
完全に帰るムードを出している仲間たち。
この調子だと、サラだけじゃなくてテックも城に返却した方が良さそうだな。
そのためにも、聖剣()を貰っていこう。
「ほら、帰りますわよ!」
「聖剣は一本だけ?もし当たれば聖剣に選ばれたって事でいいのかな?」
「ほら、あんたも帰ってーーーはあ?!」
「正気か?」
「正気もなにもそのために来たんだ。心配してくれるのは嬉しいけど、目的を忘れちゃ駄目だよ」
「あんた.....チッ、分かりましたよ」
バケモノでも見るような目で俺を見るのを止めて欲しい。普通に考えろ?なんのために此処に来たんだよ。聖剣取りに来たんだよ。
手ぶらで城に戻って王様に「聖剣ありませんでした」って言って通用するわけなくない?
これだから上流階級出身者は〜〜。
怒られた事ないのかな。
「キー・胡桃さん、貰っても構いません?」
「勿論です!さすがは勇者」
「誰かを生贄にしなくても、聖剣は力を取り戻しますか?」
「さぁ、それは勇者次第かな」
曖昧な返答をするキー・胡桃に、アルトが噛みつきそうになるのを阻止する。
「大丈夫。もし駄目でも別の方法を探そう」
「あんたが.....それでいいなら」
さすがアルト物分かりがいい。
良いのかな、いや、ふたりよりはいい。
よく出来たね、と頭を撫でてやるが不満気な表情は消えなかった。サラは武器構えてるし、テックなんて魔法撃とうとしてるからアルトはマシだな。うん。
攻撃的なふたりがキー・胡桃に手を出して戦争に発展する前に、手早く済まそう。
さて、どれにしようか。なるべくボロボロで再起不能な感じのヤツがいいのだけど。
くるりと周りを見渡す。
折れた剣は論外。足元の剣は新し過ぎて駄目。キー・胡桃の近くは着色した汚さで、まだ使えそうだから却下。
「おっ」
ルークはそれに歩み寄る。
墓標の近くの草むらに刺さっていた一本。握っただけで、朽ち果ててしまいそうな柄を見つけて手に取る。
引き抜いたそれには鞘が着いていた。
スルリと鞘から抜くと、中には錆だらけで刃の欠けた細身の剣が顔を出す。
うん、これがいい。これなら王様も納得してくれるに違いない。
ルークは満足してアルトたちの元に戻った。
「....かわら、ない?」
「え?」
「形状が同じという事は、聖剣では無いということでしょうか」
「だな」
「え?」
本物の聖剣って形状が変化するの?初耳なんだけど。成功する気もなかったが、失敗したと言われると悲しい。
そうか、俺には資格が無かったのか。
お前も聖剣じゃないとか言われて可哀想に。
「...これからよろしくね」
鞘をゆっくりと撫でた。
なぜだか、暖かい気がした。
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