9、肉食獣
ルークはゆっくりと入水した。
ふわふわと漂うように湖の底へと降りていくと、そこには死んだ魚ような目でこちらを見上げる目が4つ。アルトとテックだ。
相当恐ろしかったのだろう。お互いにしっかりと腕を繋いでいた。
それもそのはず。悪ふざけが過ぎたふたりは、スプラ◯シュマ◯ンテンのような勢いで沈められ、止まることなく底に落下していった。
薄い膜に穴でも開けば、泳げないふたりはすぐに.....。
恐怖は相当なものだろう。
サラの前でふざけるのは止めよう。
ルークは固く、それは固く決意した。
子犬のように震えるふたりを引き連れて、サラに先導されるまま歩き、海底洞窟を抜ける。
光が降り注ぐ場所で浮上すると、森が広がっていた。この方角は湖のはずだ。感覚が狂ったのだろうか。
「まだ湖の中ですわ」
「え、でも」
「天井を見てください」
悪戯っぽく笑うサラ。指差す方向へと視線を向ければ、ふるりと揺れる水面が見えた。
天井に水が張っている。
「外敵の侵入を防ぐために、湖の中に森を作ったそうです」
「だから水が」
魔法ってなんでもアリだな。水の中に森があるなら、壁も水なのだろうか。
ルークは子犬たちを引き上げると、ふらりと一歩踏み出した。
「離れないで!」
「ー!」
「妖精の森は別名、迷いの森。加護の無いあなた方では、すぐに囚われてしまいます。決してわたくしから離れないで下さい」
「ご、ごめん」
「あっ、いえ、わたくしも焦ってしまって」
「ううん、時間系の魔法は厄介だから助かったよ。ありがとう」
時間の感覚が狂うと戻るまでに時間を有する。未然に防げるなら言うことは無い。
素直に感謝を伝えると、ポポっと頬を赤く染める。サラが嬉しそうに胸を張る。
「聖女ですもの、当然ですわ。もっと頼って下さって構いませんのよ!」
「うん、そうするよ」
「はい!」
うーん、可愛い。
妹や小動物に向けるような感情が、ルークの中で芽吹く。逆らえない感じとか、頼りになるけど子どもっぽいところとかそんな感じ。
「ほら、急ぎますわよ!」
「はいはい」
笑顔が眩しい。
ルークはようやく持ち直したふたりを連れて、サラに手を引かれるまま歩き出す。
森は地上と変わらず木々が生い茂っていたが、どこか神秘的に思えた。葉の一枚一枚に神秘が宿っているのか、瑞々しく触れれば今すぐにでも話始めそうだ。
「人間だ」
声がした。子どもの声だ。葉っぱからではない。ふわりと寄って来た光の粒からだ。
それが1つ2つ3つと増えていく。光も声も集まって、あっという間に、ざわざわと森は賑やかになった。まるで街中にいるようだ。
「人間だけ」
「初代様は?」
「今回はいらっしゃらないのね」
「お会いしたかった」
「妖精?」
ルークが問い掛ければ、光の粒はくすくすと笑って是と答えた。小馬鹿にするような声色だ。
「あら、妖精を見るのは初めて?」
「勇者のくせに」
「勇者なのに?」
クスクス、ケラケラ、笑い声は止まらない。
本題に入ろうと何度も声をかけるが、妖精たちはお喋りに夢中だ。束縛を嫌う自由な気質というのは本当らしい。
話題が尽きるまで待とうとするルークとは裏腹に、サラが前に出る。
息を大きく吸うと、あの!と声を張り上げた。
「星見の聖女より聖剣を授かるようにと、天啓を受け参りました!」
サラの言葉にぴたりと声が止まる。
そして今度はヒソヒソ声で「悪趣味」と呟く。
妖精たちの感覚的に、聖剣はダサいのか。まぁ、300年も前のデザインだしな。
「聖剣はダサいんだ」
「テックも見たことないんだ」
そういえば、城にもレプリカは無かった。勇者信仰の強い地域でも、聖剣をモチーフにした像や土産は無かったことを思い出す。
勇者様まんじゅう、勇者様せんべいとかは山のようにあったのに。
「どなたか、案内して下さる方はいらっしゃいませんか?」
「いいよ、ボクが案内しよう」
「ありがとうございまーーえ?」
青年の声。謝意を述べたサラの声が途中で止まる。視線の先にいたのは、青年ーーーではなかった。
パンダだ。
白と黒の熊、動物園のアイドルが二足歩行で手を上げていた。全長はルークの2倍はあるだろうか。威圧感が凄い。思わず武器を構える。
「ボクの名前はキー・胡桃。呪いでこんな愛らしい姿をしているが、れっきとした妖精さ!」
声は、主人公のよき理解者となる謎多き全方向彼氏面のような声をしている。たが、相手は肉食獣。鉄格子越しではない体面は、ルークたちの恐怖心を煽った。
「さあ、着いてきて!」
立ち竦むルークたちを他所に、上機嫌なキー・胡桃は森の奥へと誘ってくる。おそらくとても気さくで、良い妖精なのだろう。家庭問題から孤立する主人公に手を差し伸べ、ピアノの連弾してくれるような良い妖精なのだろう。
ルークはゆっくりとキー・胡桃に続いた。
距離は、見失わない程度に開いている。
「.........突撃、お前が晩御飯」
「アルト!」
「だって、あんな、食べられますって!」
「外見はパンダでも、中身は妖精!花の蜜とか吸ってるかもしれないだろ!」
「ボクは雑食だよ」
「ーーーっ!?」
「アライグマ」
「肉も食べる」
キー・胡桃の返答にビクッと跳ね上がる。
恐る恐る振り返れば、パンダがこっちを見ていた。目の周りが黒いせいで表情が掴めない。
あ、食われる。
ルークは本気で思った。
「安心して、人間は食べたことないから」
「つまり食せると言うことでは?」
「それは、うん、そうだね。味は置いておいて、人間も肉には違いないから....」
「ゥア“ー!」
「冗談だよ。今は、ね」
荒い息遣は誰のものだろうか。
ルークたちはガクガクと震えながら、森の奥へと入っていくこととなった。
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