8、妖精の森
デブリンからバトル高原を更に西へ。
名もなき森を奥へと進んだ先に、妖精森はある。
サラを先頭に、昼間でも薄暗い木々の下を歩いて数刻。ようやく拓けた場所に辿り着けば、視界の向こうには大きな湖が広がっていた。
「うわぁ、綺麗!」
月明かりに照らされ、キラキラと輝く湖は美しい。
空に反射して、湖一面に星が落ちてきたみたいだ。
「それに静かだ」
夜は魔物が多いはずだが、湖畔にその気配はない。
不思議なことに獣の唸り声すら、聞こえては来なかった。
「妖精が庇護する場所ですから、魔物もそう易々とは近づけないのでしょう」
「そうなんだ」
「妖精は獣の血を嫌いますから」
湖に見惚れるルークとは対照的に、サラはどこか緊張した面持ちで杖を構えていた。
深呼吸。よし、と気合いを入れたサラと目が合った。
「これから皆さんには、湖に飛び込んでもらいます」
「俺、ちょっとしか泳げないよ」
「俺もだな」
「安心してください。わたくしもです」
なにを安心しろというのだ。
今の言葉で誰か安心できた?とルークが振り向くと、アルトもテックも首を振っていた。
安心させて下さい。みんな不安になりました。
もしかして、集団で...?
恐る恐るサラを見た。
「どうかしまして?」
1ミリも不安そうな顔をしていないのが、逆に怖くてルークはアルトの手を握った。テックもちょっと距離を取った。
「ハムスターみたいに固まって、何をしてますの?早く行きませんと、扉が閉まってしまいます」
「早く逝きませんと...?」
「聖女じゃなくて死神だった」
「日々のストレスがサラ様を歪めて、こんな......ヴッ、おいたわしや」
「本当になんなのです?」
訝しげに眉を顰めるサラ。
自分の歪みにすら気づかないほどに、王宮での生活は彼女を壊してしまったのか。
可哀想だが、とルークは首を振った。
死後の世界に俺たちは着いていけないよ。
「もう!魔法かけてしまいますからね」
「そんな強制的に」
「操られてそのまま湖の底へか.....姫様のお供が出来るなら、騎士冥利につきるか」
「オレもあんたとなら構いませんよ」
「え?俺は嫌なんだけどな」
俺は長生きして美味しいご飯食べたい。
しがみついてくるアルトを引き剥がし、泣き崩れるテックのお尻に蹴りを入れる。
俺は魔法耐性高いから跳ね返せるけど、お前たちは違うだろう。止めてこい。
「短い間だったけど、楽しかったぜ」
「またどこかで会いましょう」
「諦めるな諦めるな」
「光よ風とひとつに。膜となりて我らを守りたまえ。風の檻」
「あー!」
「あー!」
地面から無数の泡が溢れ出し、ルークたちの足元に張り付いていく。どんどんと小さな粒同士が集まり、やがて彼らの全身を覆うほど大きく成長した。大きなシャボン玉だが、ルークたちの全身を覆う。
これなら、水の中でも息が出来そうだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
アルトたちの早とちりだったようだ。サラに世を儚み水底に身を投げる意志は、毛頭無かったらしい。
「寸劇は済みまして?」
「......はい」
「......悪ふざけがすぎました」
「では、参りましょうか」
サラが杖を一振りする。
するとふたりが宙に浮き、湖の上へ。
ザバザバザバザバザバ!!!
「待ってください!まだ心の準備ガボボボ」
「泳げないのは本当でゴボゴボゴボ」
激しい水音と共に抵抗する間もなく、水底へと沈んでいった。
泳げないのは本当だろうに。
「我々も参りましょう」
「........うん」
沈みゆく同胞を前に、ふざけ過ぎなくて良かったと、ルークは心の底から思った。
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