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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜勇者編〜
29/117

被害者と真実

10話、異変 の後のお話しです。

エマちゃん就寝中のシオンの所業をお届け!



布団を頭から被り、窓の隅から下を覗く。

勇者たちが教会から去り、姿が見えなくなるのを息を殺して待った。あと少し、あと一歩。

ようやく、消えてくれた。

力が抜けてズルズルと床に倒れ込む。

気が、気が狂いそうだ。



「ゔっ........ぅあ、あぁああ.......」



あの晩の出来事が頭から離れない。

彼の一言一句を覚えている。

忘れられない。忘れられるはずがない。

あの日、聖遺物の真実をわたしは見た。

自虐的に笑う彼、身を焼く黒炎、消えない罪。信じていたモノが無残にも崩れ落ちていく恐怖。強制的に理解させられたこの国の罪が、精神をゆっくりと蝕む。



「どうして、どうしてなの」



頭を掻いても記憶は消えない。

胸を掻きむしっても罪悪感は増える。

泣いても喚いても、人間の罪は消えない。そう罪だ。アレは、聖遺物こそが人間(わたしたち)の罪そのものだ。





**********



あの日は月が綺麗だった。

街には夜の帷が下され、良い子はすでに夢の中。満点に輝く星と隣に寄り添う月を眺めるのは、仕事熱心な己と迷い怯える子羊ぐらいなものだろう。

外扉が開く音がする。

今日も迷える子羊がやって来た。

さあ、救いの手を差し伸べよう。それが、聖女となった己の役目だ。



「こんばんは、今日はどうしましたか?」



柔らかい声を意識する。

夜に教会を訪れる人々の大半は、薄暗い気持ちを持て余している。人間関係、借金、薬、育児、嫉妬、恋慕、孤独。

夜の聖女の仕事は人生相談。

さて、今日はどんな悩みを抱えた方だろう。

ゆっくりと振り返ると、そこには息を呑むような美丈夫が立っていた。



「ーーーっっっ!?」



美しい。夜闇がヒトの形を借りて降りてきたような、そんな彼。夜空の黒髪に、柘榴のような赤眼、黒を纏う大きな身体。服の上からでも分かる逞しい筋肉が、呼吸するたびに躍動するのを凝視した。

心臓の鼓動が止まらない。

身体が熱を持ったみたいに燃え上がる。脇に変な汗をかいて、己の匂いが異常に気になり始めた。

か、かっっっっこいいいい!

歳はいくつ。恋人は。溢れ出る気品から、どこかの貴族で間違いないだろう。年収はおいくら万金貨。



「教会の説明を頼めるか」


「.........あ、は、はひぃ!」



声が裏返った。

声、声まで爽やかでカッコいいなんて。

手が震える。

え、え?観光?観光ってことだよね?心病んでないの?こんなにイケメンなのに?存在がKISEKIじゃん。

仕事を頑張った使徒に対する神様からのご褒美か。そうだ、そうに違いない。

ごくりと喉が鳴る。

今、滲み出せる最大の色化で挑むとしよう。こんなチャンスはもう二度とない。

深呼吸をして、にっこりと微笑む。

目指せ、玉の輿!!



「それでは、ご説明しますねぇ(はーと)」



イメージするのは最強のいい女。

マガ◯ンなら峰不◯子。

サ◯デーならベル◯ット。

指の先すら美しくを意識し、教会の天井を指差す。いいぞ、最高に叶◯妹って感じだ。

描かれた壁画は教会の歴史を表している。てっぺんから時計回りに時系列が進んでいく。



「まずは、教会の歴史から」



教会が出来たのは300年前。

魔王が封印された後になる。

封印前にも教会はあったが、聖遺物を守るという役目を得たのはその後であった。

トップを失っても魔物の侵攻は止まらず、世界の混乱は続いた。嘆いた王様は願った。

「民を守る力が欲しい」

慈悲深い願いに神様は感動し、一本の木を王様に与えた。後にそれは“世界樹“と呼ばれる木を王様は6つに分け、各地に与えた。



「それが聖木、現在はナーサリー・ツリーと呼ばれ、天啓のあった教会に植えられました」



あちらになりますね、と奥にある聖木を指差す。今や壁は侵食され木の一部となっているが、その姿すら生命の躍動を体現しているようで神々しい。

ほぅ、と息を吐いた。



「それでも王様は満足なさいませんでした。より多くの人間に幸福を、そうおっしゃり、我々聖女に聖木を育てる任を与えて下さいました」



壁画は3時の方向へ。

女性が木の前で両手を広げている。

壁画のとおり、聖女は身に宿した光の魔力を聖木に与えて木を育てる。



「わたしは1級ですので教会に滞在しますが、3級〜5級の聖女たちは各地を周って聖木を育てています」


「1級?階級制度があるのか?」


「はい。力の強い物から1級、2級と階級を頂きます。とはいえ、1級の中でもピンからキリまで。明確に順位付けはされていませんが、競えば実力差は明白となります」


「ふむ」


「攻撃に秀でた者、防御に秀でた者、様々な分野はあれど、1級の中でも上位数人は単体で一個小隊を相手に出来ると言われています」


「それはあなたも?」


「いいえ!わたしにはとても!」



闇を狩る者(ウェーナートル)。その強さゆえに彼女たちは“バケモノ“として扱われることも多い。畏怖の対象だ。

必死に首を振った。

野蛮な女と思われたくない。あの人たち、出会った魔物瞬殺するんですよぉ。



「わたしの専門は浄化です。戦闘経験は本当にほんのちょっとですので」


「そうか」


「はい。あ、でも魔力総量は高いので、聖木の育成には誰よりも貢献していると自負しています」



わたし大人しい淑女ですので。

淑女と共に有能さもアピールする。ついでに胸も張る。

レベルが高過ぎる彼は動揺すらしないだろうが、主張は大事だ。

無い胸を晒して!と脳内の同僚には怒られるが、ちょっとはあるのだ。それに、小さい方が好きかもしれないだろう。己を奮い立たせて、僅かな望みに賭けて胸を張った。



「そうだな、よく成長している(聖木の話)」


「え?!成長してる(胸の話)!?」


「そんなに驚いてどうした」



え、え?成長しすぎってこと?も、もっと小さい方が好みなの........?

それだとまな板、いや幼児に近いのでは?

後ろを向いて胸部に手を当てる。僅かに膨らんでいる。この膨らみすら許されない、だと......?

お兄さんはロリコン.....。ロリコン。ロリコン。


「1つ、いいか」


「ーーーーロリ、あえ?は、はい!」



獄中で点呼させるべきか。粛清するべきか。脳内に選択肢が駆け巡る。

一瞬にして恋人候補から外れたが、悲しんでいる暇はない。ロリコン疑惑が確信に変わった瞬間に、引きずってでも懺悔室に連れて行こうと決意する。

聖女として、迷える子羊には救いの手を差し伸べねばならぬ。

笑顔の鉄仮面を被って向き直る。

あ、まずい。引き攣ってるかもしれない。



「聖木の出現は封印された後と言ったな。それは何故だ。魔者の襲撃に怯えるなら、必要なのは前であろう」


「疑問は最もです。わたしもそう思いますが、これに関しては文献が無いのです」


「無い?」


「はい、ある日突然ふって湧いたのです。当時の王様の伝記には「神から授かった」とだけ、それ以外の記録は残念ながら。

なので教会では「闇の力が弱まったことで、神様が干渉しやすくなったのでは」と言われています」


「そうか、記録にすら.....」


「わたしも出来ることなら、真実に触れてみたいものです。もしかしたら、そこに魔物を退ける術がーーーーお兄さん?」



男がゆっくりと歩き出す。

その方向には聖木があった。

纏った服の端がゆらりと揺れて、視界がブレたような気がして目を瞑る。

瞬きの間に、男は聖木のすぐ側にいた。



「ははは、聖遺物とはな」


「あ、そんなに近付かないで下さい!」


「どこか懐かしいと感じてはいた。だが、そうか、それなら納得もいく」



男が聖木の幹を乱暴に掴む。

突然の暴挙に声をあげるが、男は手を離すどころかより力を込め始める。

軋むような悲鳴が教会に響いた。



「なっ!お止め下さい!今すぐに聖木から離れて!」


「真実が知りたくはないか?」


「は?真実?」


「なぜ、聖遺物は魔王の封印後に姿を現したのか。なぜ、ただの木に聖木などと名付け聖遺物を埋め込んだのか。なぜ、聖女にすら中身を見せないのか」


「そ、れは」



怒りが下火になる。

図星だった。ずっと気になっていた。

聖木の存在理由が分からなかった。

街の結界は聖遺物で張られている。

では、聖木は。聖木はなんのためにあるのか。

魔力を注ぎ込み聖木を育てるより、聖遺物を分析し量産する方が良いのではないか。

そんな思いはずっと胸の中にあった。蓋をして奥底にしまったが、鎮火せずに燻っていた疑問に薪が焚べられ言葉に詰まる。

その隙を男は見逃さなかった。



「好奇心は時に猫をも殺す。だが余は寛大だ。その好奇心に免じて白日の下に晒そう。歴史の真実を」


「あっ、まっっ!!」



禍々しい魔力の塊が黒い炎となって手に灯る。静止の声も虚しく、男はそれを聖木へと投下した。

熱波がヒガイ・シャを襲う。

聖木に掛けられた防衛魔法が黒炎を拒もうと抵抗し、熱波となって外に弾かれる。凄まじい熱量だ。身近にいた男はひとたまりもないだろう。

ヒガイ・シャは男がいた方角を見た。

だが男はいた。そこで笑って、黒炎の濃度を上げた。防衛魔法にヒビが入る。



「水よ集え、雨となりて民を癒す光の祝福を降らせたまえ『神々の涙(インベル)』!!」



あれはもう保たない。

ヒガイ・シャの判断は早かった。

空気中の水分を集めて人工的な雨雲を作りだすと、一気に下へと杖を振り下ろす。雨雲から水が垂れる。水はやがて雨となり、豪雨となって教会内に降り注いだ。それでもーー


「ウソ!消えない、なんで」



ーーー黒炎が消える様子は無い。

魔力を注ぎ放水量を増やしても、炎は強さを増して聖木を蝕んでいく。弱い場所から焼け爛れ、黒く染まると軋みを上げる。細い枝が、葉が、下に落ちては燃えて消えた。



「あ、あああ!消えて!消えてったら!」



ヒガイ・シャは堪らなくなって聖木に駆け寄った。

ローブを脱ぎ、黒炎を覆うように被せると何度も足で踏む。

炎は消えない。

ローブはすぐに灰へと変わり、ヒガイ・シャの足すらも焼いた。



「ア、ッッツ!?」



痛みに足を引く。

燃え移ってはいないが、靴の裏はドロリと溶けてしまっていた。

どうして、どうしてこんなことを。

疑問に返答は無い。

男は聖木が激しい音をたてて崩れ落ちていくサマを、ただジッと眺めていた。

軋む悲鳴が大きくなる。

聖木の上部に亀裂が入ると、まるで上から横に裂けるように聖木が折れた。

火の粉が飛び散る。



「あっ.........ど、どうしよう、どうしたら」



聖木が、街を守る結界の器が折れた。

こんな時にどうしたらいいのか、誰にも教わらなかった。なにをしたらいいのか、ヒガイ・シャは分からずに茫然と眺めていた。

ズカズカと聖木が男によって踏み荒らされ、枝が折られ、壊されていっても何も出来なかった。



「あった」



男は聖木の内側から、長方形の黄色いカプセルを取り出す。聖遺物だ。

酒瓶ほどはある聖遺物を両の手で抱えると、防壁をものともせずにフタをこじ開ける。

瞳が見開かれる。

赤いそれが愛おしい者を見るように緩み、そして歪んだ。



「..........ふ、ふふ、ふふふ、あははは!やはり!やはりな!人間というのはこうも愚かだとは!」



溢れる、溢れてくる。

濃厚な魔力が男の足元から溢れてくる。男の怒りが嘆きが魔力となって教会を満たしていく。息が苦しい。まるで水の中にいるみたいだ。

雨は押し流され消えた。

呼吸すらまともに出来なくなり、膝をついた。炎の勢いが増しても、足が震えて立つことすらままならない。足音。死の恐怖がすぐそこまで迫っていた。



「真実を知りたいと口にしたな。ここまでの褒美だ。その願い叶えてやろう」



首裏を強引に引き寄せられる。

気道が閉まり咳をするが、満足に吐き出す前に後頭部を鷲掴みにされた。



「しっかりと記憶しろ。真実から目を背けることは許さん」


「ーーあ」



真実が。ひた隠しにされてきた秘密が目の前にある。罪の意識と共に好奇心という甘い蜜が目の前にぶら下がっていた。抗えない。

ヒガイ・シャはゆっくりと目を開けた。

それが、絶望の始まりとも知らずに。



「こ、これは........?」



最初は、なにか分からなかった。

黄色い美しい容器の中にある年代物のそれが、いったいなにか。理解できなかった。いや、したくなかった。



「よく見ろ、これがーーーーー」



男が耳共で甘く囁く。

理解しようとしない愚かな脳みそに、刻むように1つ1つ丁寧に説明していった。



「あ、ぁあ?」


「美しいだろう。こっちはーーーーー」


「な、なにこれ、なんで。わ、わたしこんな、こんなものを....?」


「ああ、ようやく理解したか。そうだ、だがこれは断片に過ぎない」


「だって、それじゃあ、300年も前から?こんなのって.......わたし、なら今までコレを保つために?そんなのって......」



あんまりだわ。

涙共に吐き出した言葉に男が向ける視線は冷たい。氷のようだ。それはそうか、聖遺物の恩恵を受けた者は等しく同罪なのだ。



「ねえ、これはこれは誰がやったの?こんな酷いこと、こんなの」


「予想はつく。勇者だろうな」


「ゆうしゃ」


「ああ、王には到底出来んからな」


「あ、あはは......そう、勇者。勇者が....はははは!ぁ......にが、なにが聖女よ!なにが教会よ!なにが、なにがなにがなにが!うっ.......おぇ」



あまりにも罪深い真実に吐き気が込み上げる。汚い、汚い汚い汚い汚い!王も勇者も聖女もわたしも汚い!人間は汚い!!



「........ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。なにも知らなかったの。本当なの、本当にこんな、あんまりだわ。わたしこんなことをしたくて頑張ってたわけじゃないの」



込み上げたのは吐き気だけではなかった。

罪悪感が顔を出す。今にも押し潰されてしまいそうだ。許されることではない。それでも謝るしかなかった。



「ああ、よい。理解すれば良いのだ。殊勝なお前には真実の前に懺悔し、首を垂れて残りの人生を這いつくばって生きることを許そう」


男は死ぬことすら許してはくれなかった。

静かに聖遺物に火を焚べると、ゆっくりと腕の中で燃えゆくソレを名残惜しそうに眺めていた。


聖遺物が燃え尽きるまで、パチパチと弾ける音と、啜り泣く声だけが空気を震わせた。




こうして、聖遺物が1つ世界から消えた。






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