7、英雄の足跡
太陽がてっぺんに登る頃、ふたりは帰還した。
ぐーぐーと腹を空かせて戻ってきたので、報告の前に昼食をとルークは近くの店に向かった。
恰幅の良い女性が、皿いっぱいのマッシュポテトを置いて去っていく。半袖にロングスカートと随分とラフな格好をしているが、従業員だろうか。
客に興味が無いのか、あっさりとした彼女の視線が今は心地良い。
『いただきます』
手を合わせた途端にアルトがサンドイッチを掻っ攫って行った。よほどお腹が空いていたのだろう。
両手にサンドイッチを掴んでいた。
テッドもバケツいっぱいのポテトサラダを、そのままかき込んでいる。
「ご、豪快ですのね」
「いつもは、もう少し落ち着いてるよ」
サンドイッチを持ったサラが、引き攣った表情でふたりを見ている。
お姫様には少し早かったかもしれない。
ルークは追加の注文を頼みながら、ベイクドポテトを口に運んだ。
うん、美味しい。
*****
「ーーーーーふぅ」
「食べたぁ....」
カチャリと食器を置く音。
積み上がった皿の向こう側で、ふたりが満足したとお腹を撫でていた。口に食べカスを付けているのが、なんとも可愛らしい。
「落ち着いた?」
「はい、もう満腹ですよ」
「ちょっと食べ過ぎたかもしれん」
「よっぽどお腹空いてたんだね」
ルークはくふくふと笑った。
ふたりは恥ずかしそうに視線を逸らすと、だってと言い訳のように話し始めた。
「街人たちのガードが硬くてな。あっちこっちに手を回してたから、昨日の昼からなにも食べてないんだ」
「同じく」
「あはは、お疲れ」
お水をあげると、ありがとうと受け取る。
テックは一気に飲み干し、アルトは一口だけ口に含む。頬を指さして食べカスを指摘し、紙ナプキンを手渡してやった。
「それで、収穫はあった?」
「まあ、オレは優秀なんでね」
「同じく」
「ふたりが優秀なのは知ってるよ。でも、大変だったんだね。ありがとう」
「お、おう」
「もっと褒めてくれていいんですよ」
「それは報告の後でね」
驚いた。テックは褒められ慣れていると思ったのに。頬を染める彼は、昔のアルトにそっくりだと笑った。
「じゃあ、アルトから聞こうかな」
「オレからは“エマちゃん“についてですね。彼女、間違いなくデブリンに居ました」
「様子は?」
「健康状態は良好かと。ただ....」
「?」
「同行者と親しげだったらしいんすよ」
困惑した表情を浮かべるアルト。サラも驚いたのか目を見開いている。
ここでいう同行者とは100%魔王だ。
人質に取られていたと考えていた少女が、誘拐犯と親しいなら誘拐という仮定が根本から覆ってしまう。
「魔法で操られてた可能性は?」
「理由がない。用がないなら捨てればいいし、警戒されるのを嫌うなら魔法で姿を隠せば良いに」
「魔法による精神汚染がないまま、仲良く旅をしてるだけってことですの?」
「現段階では、そうなりますね」
なぜ。この疑問を持ったのはルークだけではない。報告したアルトですら、不可解そうに眉を顰めている。
「魔王の目的に“エマちゃん“が必要だとしても、仲良くショッピングはしないでしょ」
「連れ去るか、操って済ますかな」
「それから」
「まだありますの?」
「“エマちゃん“は相当の使い手みたいです」
「魔法の?」
「はい。旅人が魔物を倒したって話してたでしょ?あれ“エマちゃん“のことだったみたいです」
群れで来たデザートクラブを、薙刀1本でばったばったと薙ぎ倒してたみたいですよ。
片手で切るジェスチャーをしながら笑う。
「しかも、魔法で出したやつをですよ。笑っちまいますよね」
魔法を武器として使うのは難しい。
打ち出すのとは違って 一定の魔力をその場に留めておかねばならないからだ。
それを子どもが、しかも魔物を狩り続けたというのだから驚きだ。あの親を持つだけある。
「ただっすね、そうなると疑問が残っちまう。“エマちゃん“はなんで逃げないんすかね」
「それは」
「拘束もない。魔法も上級、周りには沢山の大人たち。彼女はその気になれば、逃げられるんすよ」
「確かに」
「被害を出さないため、とか?」
「この歳の子どもがそんなこと考えます?怖かったら怖いって大人に泣きつくでしょ。出来ないにしても、表情には出るはずなのに「親しげだった」なんて言われちゃあね」
アルトは首を振った。
まるで自分から付いていったようだ。
口には出さなかったが、そう思った。
「じゃあ、次は俺な。兵士たちから聞いたんだが、どうやら魔物を討伐した奴を追っているらしい」
「勧誘?」
「いいや、容疑者として」
テックが水を口に含む。
彼の表情はどこか呆れが浮かんでいる。
「イーナカ村での爆発事件の数日後に、魔物の襲来と聖遺物の破壊が起きた。そこで国は、同一人物による犯行だと判断したらしい」
「優秀ですわね」
サラが手を合わせる。
確かにこれだけの情報から、同一犯だと当たりを付けられるのは優秀だ。せいぜい関連があるかと疑うくらいだろう。
その反応にあー、とテックが唸った。
「調査に来た兵士は“エマちゃん“を犯人だと断定して、デブリンで聞き込みを行った」
「馬鹿でしたわね」
「ニアミスだったわけか」
「そう!そうなんだよ!」
テックが頭を掻いた。
情報収集のやり方を研修に入れとけ!とガナってから、続きを話し始めた。
「街人の反感を買った兵士たちは、爪弾きにあった。当然だ。街を救った英雄、それも少女を凶悪犯だと決めつけて調査を行っていたんだからな」
「もしかして、手持ち無沙汰で兵士がぶらぶらしてるのって」
「帰るに帰れない兵士たちってわけだ」
「大馬鹿者ですわね」
「せめてバリケード作りを手伝えば良いものを、それは庶民の仕事だとか言いやがる」
「城の連中ってやつは、どうしてこうプライドが高いんすかね」
「分からん!」
仕事に身分が関係あるかぁ!とテックが吠える。
彼は貴族出身のはずだが、思考までは染まっていないらしい。ルークは親しみを覚えた。
「悪いことをさせられてる訳じゃなくて、ちょっと安心しましたわ」
「彼女が同行してる目的は分からなくなったけどね」
「目的がなんなのでしょうね」
うーん、情報が足りない。
「“エマちゃん“が無事ってだけでも収穫だよ。ありがとう、ふたりとも」
「おう!」
次は俺が頑張る番だ。
気を引き締める。
明日は満月の日。向かうは妖精の森だ。
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