5、惨状
「なんだ、これ」
中の惨状にルークは思わず言葉を漏らした。
教会への中に入るのは簡単だった。
教会の前で目を光らせていた厳つい兵士に、サラの名前を出せばすんなり入れてくれた。
こういう時、王族は便利だ。
「外観は綺麗だね」
「襲われた感じじゃありませんね」
外観に崩れた所は無く、魔法で攻撃されたような跡も無い。だが、中に入ると様子は一変する。濃い闇の気配に息を呑む。
火だ。黒い火が建物を焼いていた。
壁に床に、広がった黒火がパチパチと音をたてて教会を蝕んでいた。高濃度の魔力に当てられたのだろう。聖女たちが床に伏しては、兵士に外へと運ばれていく。
魔力の中心は教会の奥、おそらく聖木のあった場所だ。まるで痛め付けるようにジワジワと、聖木を焼き続けていた。
「これは」
「闇の炎です。通常の水では消化すら出来ない悪しき火。光の力を込めた水、聖水でしか、消すことはできません」
手伝ってきますとサラが駆け出す。
水の入ったバケツに手をかざし、光の魔力を注ぎ込んでいた。これほどの濃度だ。簡単には消えないだろう。
息を整える。
呆けている場合ではない。浄化はサラに任せてやるべきことをやろう。
「今のうちに話を聞きましょう」
「うん」
アルトの言葉に頷くと、介抱していた髪の短い聖女に声をかけた。
「失礼、ヒガイ・シャという方は」
「あなたは?」
「勇者です」
「勇者様!これはとんだご無礼を、話を聞きに来られたのですね。ですが....」
表情が陰る。
視線の先には、聖女が蹲っていた。壁を背にし、膝を抱えて小さくなっている。
「彼女がヒガイ・シャです。よほど怖い目にあったのでしょう。会話もままならなくなって」
当直は彼女だけだった。デブリンでは魔物が少ないので見張というか、夜の相談役で常駐していたらしい。そこを狙われた。
駆けつけ時にはもう教会は燃えていて、彼女は中で倒れていたらしい。
「わたしがお話出来ることはここまでです。全てお話できれば良かったのですが....」
「他に居合わせた方は」
「居ないと思います」
「そっか」
街人の話を思い出してルークは顔を顰める。ひとりで懸命に立ち向かったであろう女性に、気が触れるような体験をさせるなんて。外道め、と足を叩いた。
気遣うようにアルトが服の袖を掴む。
それに、大丈夫と指を絡めて息を吸った。
ヒガイ・シャの側に膝をつく。
「ヒガイ・シャさん」
「...」
「初めまして勇者です」
「...........ゆ、ぅしゃ....?」
反応があった。
毛先のこげた銀髪が揺れている。
ルークとアルトは頷くと、なるべく優しい声で聖女に話かけた。
「被害当日の話を聴きたくて。思い出すのは辛いと思うけど、話してくれないかな」
「......ゆ.......ゃ」
「うん?」
「ゆうしゃ、ゆうしゃだな」
「え?」
「ゆーしゃ、ゆうしゃ?ゆうゆうゆう者勇者、勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者!」
「離れて!」
アルトがルークの襟首を引っ張る。
膝を抱えていた聖女が跳ねるように顔を上げる。恐ろしい形相でルークを睨め付けると、唸り声を上げて頭に爪を立てた。
勇者の名を聞いた途端に豹変した。魔王になにか呪いを掛けられていたのか。
警戒し、刀に手を伸ばす。
「お前が!お前らが!!!」
「ヒガイ・シャさん!?」
「鬼畜、外道、人手なし!どうして、あんな、あんなことがぁぁあ!」
「落ち着いて下さい!」
「離せ!みんな、みんな騙されてるのよ!なにも知らないから、なんにも知らないから!!」
「離れろ!」
ヒガイ・シャは怒鳴り散らすだけで、襲っては来なかった。だが憎悪に濡れた瞳でルークたちを見ていた。まるで、ルークたちが犯人だと言わんばかりの剣幕だ。
「わたし、わたしは真実を知ったのに、誰も話せないどうしよう怖いわわわわたしの魔法も全部」
「おい、なにしてんだ!」
獣のように唸っては、自らの頭を掻きむしる。その様子を見ていたテックが、なにかに気づいてヒガイ・シャの手を掴む。
指先は血で濡れていた。額から血が垂れていく。ヒッと小さく悲鳴が上がった。
彼女がそちらを向く。
「に、ににに逃げて、今からでも遅くないから逃げてわたしちがうの、そんなの知らなくて、ごめんなさいごめなさいごめんなさいごめんなさい!逃げて早く罪人に、ぁっァァァァア!!やだ思い出したくなっーーーー」
プッンと糸が切れたように悲鳴が止まる。頭の重心がブレると、そのまま彼女は床に倒れ込んだ。ピクリとも動かない。
テックが首に手を当て脈を見ると、どうやら息はしているらしかった。
あまりのことで気を失ったようだ。
ふーとルークが息を吐いた。
「なにがあったんだ...?」
誰も、彼女の言葉の意味を理解することは出来なかった。
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