3、ある女の独白
靴音が廊下に響く。
それはまるで自分を追ってくるように聞こえて、女は足を早めた。逃げるように自室に滑り込んで、後ろ手に鍵をかけた。
ずるずると力無く床に座り込む。
震える足を手繰り寄せて膝を抱いた。
心臓の音が破裂しそうなほど喧しくい。
「平気、平気よ。大丈夫」
言い聞かせるように繰り返す。
上手く誤魔化せただろうか。様子はおかしくなかったか。星見の聖女になれていただろうか。頭の中を余計な思考が回る。
今にも不安で押し潰されそうだ。
「どうして...どうしてなの」
答えるものはいない。
部屋は暗いままで自分以外は誰もいない。
それが恐ろしくて堪らなかった。
「はぁ、はぁ」
薄汚いローブ、罵声を浴びせる群衆、血を吐いて倒れる同僚、水も同然のスープの味。
消えない、色濃い記憶が聖女ーーイザベラを蝕む。
黒くなる指先、命が削られる感覚、藁に転がる感触、締め付けられるように痛い腹。
「いやよ、あんな生活に戻るのは嫌!」
記憶を振り払うように怒鳴る。
床を叩いて立ち上がり、荒々しく本棚に向かうと、目当ての本を探した。あれでもない、これでもない。取っては下に落としていく。
次の予言に必要な本はどれだ。
魔王の伝記か、それとも聖剣についてか。
分からない。もはやどれを探しているのかさえ、彼女には分からなくなっていた。
「どれがいるの?どれ、どれが必要?分からない、見えない、どうして、なんで居なくなっちゃったの」
理由は知っていた。
初代聖女が目を覚ましたのだ。
光の妖精たちは代替え品である自分を捨てて、初代聖女の元へと戻って行った。
わたしを、捨てて、あの女の所に。
「〜〜〜〜〜っっっ!!!」
掴んだ本を床に叩きつけた。
ガンガンと音が鳴るほど床を蹴り付けて、苛立ちを吐き出した。
「ゆ....ぃ、ゆるさない、許さない許さない許さない許さない許さない!今さら捨てるなんて許さない!わたしは、わたしは都合のいい女じゃない!」
ギリギリと歯を鳴らす。
本棚を掴む手先から軋むような音がした。それでも、女は手を離さない。
「あ、あああ!ああぁぁ....いやよ、あんな生活に戻りたくない。わたしずっとここに居たいの」
イザベラは能力値が低かった。
3級聖女の中でも下の下。浄化もひとりでは行えない低級と罵られる存在だった。
魔力切れで死にかけた時に、夢見の能力が発現し運良く城に迎えられたが、能力が消えたと分かれば用済みとなる。
城から追い出されてしまう。地を這い泥水を啜りながら生きる奴隷に、いや奴隷以下の生活に戻ってしまう。
それだけは耐えられなかった。
「わたしの、わたしの力よ」
夢見の能力は過去の遺産ではなく、今を生きる己の力だ。奪うなど許されない。許されるはずがない。だってこの力はイザベラのものなのだから。
「そうわたしのわたしの物よわたしの物を奪う奴なんてみんなみんな死んしまえばいい....死んで、死んで.....そうよ死んで当然だわ」
女は身体を抱き締めた。
頭には一つの案が浮かんでいた。
「そう、そうよ...そうだわ。居なくなればいいのよ。そうよ、うん、そうだわ」
本物が居なくなればいい。
「あは、あははは!そうよ!名案だわ!最初からこうしておけば良かったのよ!」
イザベラは狂ったように笑った。
そして、1冊の黒い本を取り出す。
開けば中から黒い蝶々がひらりと姿を現した。イザベラは指にそれを止めると、怒鳴りつけるように命令を下した。
「初代聖女を殺して!絶対に殺して!何をしてでも、例え世界がどうなっても!!」
あの生活には戻らない。
固く固く決意して、イザベラは蝶々を飛ばした。
はめ殺しの窓から自由に飛び立つソレを、血走った目で見つめ続けた。
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