2、旅立ち
「自己紹介がしたいですわ」
サラが言った。
勇者一行は兵士たちに見送られながら城を後にし、妖精の森に向かっていた。その道中でのことだ。
お互いのポテンシャルが知りたいのだと。
「俺はルーク。勇者業の傍ら冒険者をしています。魔法は全属性使えるけど、剣は中型モンスターを倒せるくらいかな」
「わたくしはサラ・フォステュアッド。第一王女ですわ。ランクは1級、回復魔法が得意ですの」
わたくしのことはサラとお呼びください。それから敬語はいりませんわ、と彼女は続けた。
「1級!?凄いですね、あっ」
「国内に10人いる1級聖女よりも、世界にひとりしかいない勇者様の方が凄いとわたくしは思いますが」
「そうでしょ....かな」
なかなか敬語が抜けないルークの背中を、テックが叩く。気を抜けという事だろう。
小心者ですわね、とサラも笑った。
「俺はパドレイグ・テック。長いからテックと呼んでくれ。防御が基本だが、これでも騎士団長なんでね。剣の扱いには慣れてる」
城内で見た時よりもテックは軽装だ。
グレーのジャケットにスラックスを緩く着こなしている。肘当てや膝当ては有るものの、ガッシリとした鎧はどこにも無い。
聞けば、鎧は魔法で出し入れ可能なのだという。
ずっと装備していると、疲れるだろうと笑われた。
「ドラゴンの業火にも耐えられる鉄壁の騎士ですのよ」
「ハードルを上げなんで下さいよ!」
「本当のことでしょうに」
武勇は誇るものですわ、とサラが胸を張る。
曰く、努力で勝ち取った物を誇らないのは、相手を馬鹿にしている行為だと言う。
なるほど、自信満々なわけだ。
「旅の方はこれで全員ですの?」
「いや、まだ合流してない奴が」
その時だった。
草の香り。肩に重みを感じる。それと同時に首に刃物の冷たさ、腰に腕の重みがルークを襲った。
「おやおや、勇者御一行がこんな所でチンタラ移動してていいんですかい?殺されちまいますよ」
耳に残るテノールが笑う。
深く被ったフードで顔は見えないが、口元はこちらを小馬鹿にしたように歪な弧を描いているのだろう。
突然の襲撃に警戒し、武器を構えるふたりに「これだから温室育ちは」と毒を吐く。
「勇者はひとりしかいないんすよね?なら、殺されたら終わり。なのに、なぁんでまだ攻撃してこないんでしょうねぇ」
「...」
「手を汚すのが嫌か、それとも代わりがいる、とか」
「ーーそんなわけっ!」
サラの目が釣り上がる。
温室育ちのとは思えない殺気を襲撃者に向ける。
爛々と怒りに震えた瞳で睨め付けると、杖の先端を下に向けて構える。膝を曲げて、勢いよく飛び掛かろうとしたところで、軽い声が一触即発の空気を遮った。
「こーら、喧嘩しないの」
ルークだ。
人質に取られている本人が、気の抜けた声で襲撃犯の腕をぺちぺちと叩いた。
呆気に取られるふたりを気にもせず、せめて木刀にしないさいと母親みたいなことを言う。
「アルト、ダメだよ」
「こりゃあ失敬、脇が甘過ぎるもんで。つい、悪戯してやりたくなったんすよ」
襲撃犯、アルトと呼ばれた男はルークの言葉にパッと手を離した。くるくると慣れた手付きでナイフを回すと、足首まである長いローブの向こうに消える。
背中に胸当てが当たって痛い。
ひりつくような冷たい殺気を出すくせに、籠手の付いた手は優しくルークに触れている。
「お知り合い....でしょうか?」
ふたりは未だ警戒を解かない。
当たり前か、とルークはため息をついた。
背中にへばり付いている男の腰を叩いて、自分は怒っていると伝える。
「こいつはアルト。俺の幼馴染で、冒険者仲間。今まで一緒に旅もしてきたんだ」
「初めまして、騎士団長殿にお姫様。アルトです」
「盗賊、ですか」
「うん。でも、根はいい奴だから」
敵じゃないと伝えるが警戒は解けない。
ファーストコンタクトが最悪だったのもそうだか、アルトの役職が関係しているのだろう。
ルークは内心で溜息を付いた。
こういう反応には慣れっこだ。
「役職通り、戦闘はからっきしですが情報収集ではそこそこ使えますよ」
「ほお」
「例えば、妖精の森は満月の夜にしか開かない、とか」
「なぜそれを!」
「おっと、そう警戒なさんな。言ったでしょう?戦闘はからっきしだって」
「王家の書庫に忍び込むことは重罪ですよ!」
「命を賭けろと強制しながら、討伐情報を小出しにするそちらさんが悪いと俺は思いますけどね」
「なっ!」
「こらこら、あんまり煽らないの」
今日は一段と煽り癖が酷いな。
やるなら、己を盾にしないで欲しい。サラの殺気が前にいる自分にも向かってきて痛い。
憤慨するサラをテッドが抑えているが、今にも殴りかかって来そうだ。
意外にも喧嘩っ早いのが分かって良かったかも。
ルークは前向きに捉えることにした。
「姫様、抑えて!」
「離しなさいテッド!」
「おい、勇者様!なんとかしてくれ!」
おっと、これはいかんな。
旅の開始5分で暴行沙汰はさすがにマズイ。
ルークはアルトの口を塞ぐと、ひとまず誤解を解くことにした。
「アルトは書庫に忍び込んでいませんよ」
「ではなぜ!」
「王族出身の知り合いが居るんです。その方から見返りとして聴きました」
「そのような世迷言を信じろと!?」
「世迷言って、聞いたのは俺ですよ」
「え、勇者様が...?」
「はい。それをアルトに伝えました。俺たちは全国を周っていましたから、知り合いのツテも結構多いんですよ」
「そう、なのですか...」
うーん、アルトへの信頼はZEROか。それとも、勇者への信頼がMAXなだけなのか。
ルークは困ったなぁと目を細めた。
どちらにしても、サラの感情は危険だ。仲間内で致命的な不和を生む火種となる。
聖剣を手にするまでの同行者(になる予定)とはいえ、早々に解決した方がいいだろう。
肩を落とすサラにルークは声をかける。
涙目で狼狽える姿に諭すのは可哀想だが、死ぬよりは良いだろう。
「1つ約束を決めようか」
「約束、ですか?」
「うん、仲間をすぐに疑わないこと」
「それは...」
「今回は煽ったアルトもいけないけど、盗賊だって聴いて偏見で疑ったサラも悪い。それは分かるよね」
「.........はい」
「うん。集団行動で信頼は大切だから、無闇に煽ったり疑ったりしないこと。約束できる?」
小指を差し出す。
サラはしばらくジッと小指を見ていたが、やがて小指を絡めてくれた。納得はしていないのだろう。随分と緩慢な動きだ。
「アルトも。煽らないって約束できる?」
「これは癖みたいなものなんで」
「アールートー」
「...今回みたいなのは止めます」
こちらも渋々といった様子で小指を絡めた。
また揉めそうな予感を感じたのか、目が合ったテックは苦笑いを浮かべていた。
お互い苦労するけど、またよろしくね。
さて、とテックが手を叩く。
「自己紹介が終わったところで、今後の方針を決めたいんだが」
「妖精の森は満月にならないと、入口が出現しないんだよね?」
「はい、次の満月は4日後になります」
王城から森までは1日もあれば着く距離だ。残りの3日間を無碍に過ごす訳にはいかないし、どうしたものか。
悩むルークにアルトがそれならと手を挙げる。
「情報収集とか行きません?」
「なんの情報?」
「魔王のですよ」
今後の戦略を練るために、当時の文献を調べに行こうと言う話だろうか。
首を傾げてアルトを見ると、首の後ろに手をやって難しい顔をしていた。
「どぉにも目的がはっきりしないんすよ」
「聖遺物の破壊が目的なのでしょう?」
「だとしたら、時間がかかり過ぎてると思いません?目覚めてから何日経ってると?」
「何日?」
「4日ですわ」
「早いくらいじゃない?」
「遅すぎます」
「遅いですわね」
「遅いな」
「そうなんだ...」
300年も眠っていて目覚めて4日で目的の聖遺物を破壊してるのに、行動が遅いって言われちゃうんだ。みんな朝に強いタイプなのかもしれない。
「で、オレなりに調べてみたんすよ。他に目的があるんじゃないかってね。んで、掴めた情報がコレ」
アルトが一枚の写真を取り出す。
そこにはひとりの少女が写っていた。
「女の子?」
金髪に碧瞳が眩しい、まだ年端もいかない少女の写真。親しい者が撮ったのだろうか。カメラに向ける笑顔は、柔らかく愛らしい。
この少女がどうしたというのだろうか。
「この子が旅に同行してるみたいなんすよ」
「配下の子どもでしょうか?」
「いいえ、人間の女の子ですよ」
サラの表情が曇る。彼女だけではない。ルークを含めた全員が表情を固くした。
魔族であれば同行するのは当然だ。だが人間の、それもまだ幼い少女と一緒にいるということは。
「人質」
「そう考えるのが普通だな」
「魔王の封印場所はおそらくイーナカ村です。状況証拠になっちまいますが、間違いないと思って大丈夫です」
イーナカ村は南西にある小さな村だ。
先日、そこで爆発事故があったのは聞いていた。
「地下に溜まっていた魔力が振動で爆発した」と派遣された検査官は話していたが、まさか魔王の復活と関係していたとは。
相変わらず検査官は仕事が適当だ。
「封印が解けてすぐに村に住んでいた少女の姿が見えなくなったそうです。名前は“エマ“村でも有名な美少女だとか」
「え、もしかして少女趣味?」
「母親はあの“美しき殺戮者“」
「なっ!上級冒険者じゃないか」
テッドが慄く。
おっとりとした雰囲気とは裏腹に、触れるモノを全てを殺し尽くすとまで言われている彼女の娘。冒険者の間では有名だが、まさか騎士団長にすら名前が轟いていたとは。
娘さんがいたことも驚きだ。
「おそらく、封印が解けてすぐに戦闘になった。一刻も早く聖遺物を破壊したい魔王は、戦闘を避けるために少女を人質に取った」
「いくら彼女でも娘を人質に取られれば、手出しは出来ない」
「子どもを人質に取るなんて!」
「卑劣な奴だ」
話を聞いてあれ、とルークは思った。
「ねぇ、同行って言ったよね。まだ一緒にいるってこと?人質なのになんで?」
「そこです」
目撃証言は取れませんでしたが、と前置きしたうえでアルトは話し始めた。
「ポータルにデブリンに入った記録が残ってました。人数はふたり」
「もしかして、」
「はい。今も“エマちゃん“と魔王は一緒にいる可能性が高いってことです」
「どうして」
「なんらかの形で利用していると俺は踏んでますが、ここからは情報が無いのでなんとも」
「今すぐに助けに行きませんと!」
もし同行者が“エマちゃん“なら、すぐにでも助け出さなけれらならない。
相手は魔王だ。用済みとなればすぐに殺されてしまう。いや、殺されるのはむしろ良い方だ。より残忍で非道な目的に利用され、永遠に苦しむ可能性だってある。
ルークは唇を噛み締めた。
瞳には怒りが滲んでいた。
「デブリンに急ごう」
反対する者はいない。
彼らはこくりと頷くと、一目散に駆け出した。目指すはデブリン行きのポータルだ。
お読み下さりありがとございます!
すれ違ってるような、違ってないような....




