第二話 聖女はただの子ども
あの子を迎えてから二週間が過ぎた。
孤児は男女別の共同部屋でありながらも、不吉という理由だけで少女は完全に隔離され、修道女に鞭で叩かれているところを何度か目撃した。
ここに住まわせてもらっている以上、どうにかすることも出来ず、やきもきする毎日。
掃除などの担当が同じ日になることも無く、ただ遠くから眺める日々が過ぎていく。
そんな中、少女が風邪を引いた。
院長たちは「このまま死ねば楽に処分できる」と思っているらしいが、そうはいかないのが聖女というもの。
本の設定では『聖女は体調を崩すが、ある一定のラインで止まる』というものがある。
だからこそ、ここで少しでも恩を売らねば。
そう考えてからの行動は早かった。
深夜、こっそり部屋を抜け出し医務室に忍び込み、以前本で覚えたこの世界特有の薬を盗む。
粉薬なので水が必要だと判断し、厨房に向かうと木製のコップに少量の水を汲み、あの子の元に向かおうとすると、ユラユラと日が揺れるのが見え、急いで近くの部屋に逃げ込む。
ドキドキと、深夜に抜け出してしまった背徳感と、見つかれば鞭打ちかつ最悪死ぬまで殴られるかもしれないという恐怖。
コツ。コツ。施設に似合わぬ、良い靴の音が聞こえる。
それが通り過ぎると深く息を吐き、周囲を見渡すと使われていない物置であると認識する。
埃が静かに宙を舞い、キラキラと月が部屋の中を照らして汚いながらも綺麗だと感心する。
そんな中、近くにある本棚の上に置かれているものが目に入る。
遠目に見ても良い木材を使われているのがわかる。
椅子などを駆使してその箱を手に取り、中を覗き見ると、そこには何枚もの金貨と宝石。
「贅沢は敵だ。金は持たず、己の身一つで生きろ」
それがこの施設での教えだった。
にやりと、子どもらしくない笑みが思わず溢れる。
その木箱をもとの位置に戻し、代わりにたまたま見かけたタオルを持ち、当初の目的である少女の元に向かった。
こっそり部屋の中に入ると少女の息は荒く、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。
その様子を見て思わずズキンと胸が痛むが、首を横に振り、少女を起こす。
薄っすらと目が開き、先程見た月のような金色の瞳だけがこちらを向く。
顔は真っ赤で汗がひどく、未だ冬の今のこの時期には寒いだろう。
先に薬と水の入ったコップを手渡し、急いで飲ませようとするが、少女は怪しんでいるのだろう、訝しげな顔をこちらに向けるが再度薬を見ると、両方を受け取る。
早くしてくれ! と思いながらタオルを手に、少女の服を捲って汗を拭っていくと、驚いた顔をした少女と目が合う。
「……毒でも盛られてるのかと思った」
ほぼ初めて聞いたその声は想像以上に愛らしく、鈴のようによく通る。現代だと確実に動画でバズる程だ。
先程までは義務のような、生きるためという焦燥感に駆られて汗を拭ったりしていたが、徐々にそれも薄れていく。
「違うよ。お薬、飲める?」
「……薬? どうして私に……?」
少女の問いは最もだ。これまで接点がなく、周囲は虐げる者ばかり。
だが、今になって少しずつ思い始める。
元いた世界の記憶、そして今いるこの現状。
「私は、あんな風になりたくない」
そう一言だけ吐き捨てると、体を拭う作業を再開する。
具体的に、どうなりたくないのかが言語化できない。ただ、なんの罪もない子に鞭を打ち、生まれたことを罪だと指をさし、言葉と石を投げつけたくない。
この世界の、根っからの住民ではないからこそ思うこと。それだけだ。
もしかしたら本の中の『ソニア』ならしていたのかもしれないし、小心者だから逆に何もしなかったかもしれない。
体を拭くと、やはりどこもかしこも鞭で打たれたあとだらけで、タオルにも血が少し染み付く。
この熱も、おそらく鞭に打たれたからだろう。
こんな施設においてある、チクチク痛むボロ布なので、できる限り優しくしているが痛くないだろうか。
そんなことを思いながら再度少女に視線を向けると、大きな瞳からボロボロと涙をこぼしていた。
「ど、どうしたの?」
「……ご、ごめんなさい……わからない……わからなくて……」
タオルを目元に当て、拭くのではなく涙をただ吸い上げていく。
少しして落ち着いたのか、薬をやっとで飲むと少し落ち着いたのだろう、真っ赤だった顔は桃色になり、目の周りの腫れがよく目立っていた。
「取り敢えず、大丈夫そうね」
「……ありがとう」
月のような金色の瞳に思わず見惚れる。
何故、こんなにも綺麗な子を皆悪魔だと、異端だというのだろうか。
最後に微笑んだ少女は、どこからどう見ても、ただの幼気な子供でしかなかった。
それからさらに二週間が経った。
春の豊穣祭も終わり、そろそろ少しずつ暖かくなり始めるはずだと胸を撫で下ろす。
そしてやはり、豊穣祭の日に公爵家の少年を助け、引き取られた少女がいると修道女の間では噂になっていた。
少女の名前はアネモネ。
未来で聖女となり、銀髪の少女……イミゴを倒す存在。
食堂のテーブルを拭き、床を掃き、テキパキ仕事をこなしていく中、一人の修道女がボケーッと椅子に腰掛ける。
「私もそんなラッキー起きないかなぁ」
テーブルに肘をつき、頬を膨らませながら修道女はそう呟く。
恐らく、例の件のことだろう。
最近色々と模索して知ったのだが、この施設は男爵家や子爵家の行き遅れが多いらしい。
なので修道女は大体三十過ぎが多く、男性は院長のみ。
一部没落したからここに流れ着いた者もいるが、ほんの一部。そして全員もれなく貴族らしくプライドの塊。
下手に敵に回すより、下手に出て味方にしたほうが楽だが……
「お姉ちゃん、窓拭き終わったよ」
あの少女とともに過ごすことが増えたことにより、少し厄介なことになり始めていた。
たまに暇ができれば手を振ったり、こうして話しかけてくることが徐々に増えたのだ。
常ならば……日本ならば、大手を振るって喜んでいたはずだ。
何しろ三十五歳。このくらいの歳の子を持っていても全然おかしくない。
その上、見目麗しく、懐くと愛嬌があって小型犬のようで可愛いのだ。
先程までは暇そうに肘をついていた修道女は、その様子が面白くなかったのだろう。ガタッと立ち上がると、青筋を立てながら
「うるさいわね! 窓拭きが終わったのなら花瓶の水の交換に机拭き、山ほどやることはあるでしょ?!」
ヒスり始める修道女に、少女はビクリと肩を震わせる。
「申し訳ございません。少し……いや、かなり要領が悪い子で、こうして毎回聞きに来ないとわからないんです、この子」
薄っすらと、笑みを浮かべながらそう言うと、修道女は満足したのだろう。フンッ! と言うと再度椅子に腰掛ける。
「ほら、あっちの仕事、教えるから」
そう言いながら少女に手を伸ばす。
本音を言うと、あまり関わりたくはないのだが彼女は嬉しそうに
「うん!」
と答えた。




