プロローグ 少し先の話
とある小さな村の近くにある孤児院。
七歳になった真夏のある日。太陽は人々をカンカンに白光で照らして汗をにじませる。
最近やっと慣れてきた銀髪が美しく、光に反射して煌めく金に瞳を持った、この五歳の少女の面倒を見ること。
そして子どもたちからのいじめ対策に、落ちぶれた貴族共の無駄な嫌がらせ。
銀髪の少女──イミゴは笑顔を見せることが徐々に増え、最初は嫌だったが、最近ではこちらも喜びを感じるようになっていった。
とある理由から私だけが知る未来。このか弱く、幼気な少女が世界を滅ぼすという未来を選ばない為に近付いたのだが、今ではすっかりこちらが虜だ。
そんな事を考えていると、ガサリと叢を掻き分ける音が鳴り、誰かいるのかと思ったが猫が「にゃーん」と出てきた。
頭を撫でようと一歩踏み出しただけにも関わらず、威嚇だけしてどこかへと去ってしまい、少し寂しくなる。
「今日のご飯、なんだろうね」
銀髪の少女が洗濯物を干しながらそう呟く。
最近はほぼ水と呼べるほどのうっすいスープと、ペラペラに切られたパン……というよりは落ちぶれた元貴族たちの余り物ばかり。
飯の話をされたからか、ぐうっ、と腹の音がなり思わず腹を擦る。
「お腹、空いた?」
銀髪の少女はそう言うと、近くの木に登る。
手を伸ばした先には赤い木の実があり、それを取ろうとしたのだと察するが、木が揺れて危ない。
「いいよ、私は大丈夫だから下りて」
「ううん、あと少しで取れそうだから」
それから数秒間、うーんと腕を伸ばし続けると、やっと木の実が取れる。
嬉しそうに頬を綻ばせながら銀髪の少女はこちらに手を振り、ハタと何かを考える。
「……降り方わかんない」
「えぇ?!」
思わずそう叫びながら木に駆け寄ると、銀髪の少女はうーんと考える。
本来、この年頃の子どもならば泣き叫んでもおかしくないはずだ。
だが彼女は泣くでも喚くでもなく、自分でどうしようかと考える。
(人の頼り方をしらないのね)
近くの大人に頼むかと頭を過るが、ここの人たちは皆この子を忌み嫌っている。だからこそ、自分がこうして世話を見ているのだ。
周囲を見渡し、硬いものがないのを確認して
「よし、お姉ちゃんがドンと受け止めてあげるからおいで」
そう言いながら重心を下げ、両手を広げる。
銀髪の少女は口元に手を当てて考える。高さ二メートルもないとはいえ、百センチにも満たない子どもが飛ぶには些か高いかなと思っていると飛ぼうとした瞬間
「わっ……」
ふわり。急に現れた男が、木に腰掛けていた少女の脇に手を差し込み、軽やかに抱き上げるとゆっくり地面に着地させる。
「あの、えっと……」
視線の先にはどこからともなく現れた、金髪に碧眼の如何にも王子様といった風貌の美丈夫。
服装も平民のものとは違い、随分と良いものを着ており恐らく何処かの貴族だろうなと考えるが、この近くに住んでいるそれっぽいのは村長くらいだ。
だがあの人はここまで顔は良くない。
周囲から小さいながらも黄色い声が聞こえ、また嫌味を言われたら溜まったものではないと少女に駆け寄り礼を言う。
「あの、ありがとうございます。降りられなくなっていたので助かりました」
パッと顔を明るくさせながらそう言うと、美丈夫はふむっと自分と少女を交互に見る。
「君たち、名前は? 他の子に比べて随分痩せているようだけど」
「えっと、私はソニアです」
少女はもじもじと、腹の前で手を擦り合わせるのみで答えそうになく、軽く背中を押すと「あっ……」と呟く。
「私は……イミゴです」
「イミゴ……?」
ピクリと、イミゴ──忌み子の名に美丈夫の眉が動く。そして徐に立ち上がると今まで聞いたことのない、大砲のような大声をあげる。
「すぐに!! ここの院長を出せ!!!」
ビリビリと鼓膜を揺らすその声に思わず耳を塞ぐ。
すると美丈夫はハッとこちらの様子に気づき、申し訳なさそうに頭を撫でる。
「君たち、ご飯は食べているのかい?」
「私たちは……」
ぐうっ、と腹が変わりに返事をする。
恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤に染め上げると、銀髪の少女が代わりに答える。
「私は毎日食べてます。でも、お姉ちゃんが……」
瞳を潤ませながらそう答えると、美丈夫は「そうか」と言うとほぼ同時に院長が到着する。
額に滲む汗を拭き、揉み手をしながら
「いかがなさいましたか? 何かご不満でも……」
そこまで言って、バチリとこちらと目が合うと激昂しながら
「なんでこいつらがここにいるんだ!! 早くその悪魔を目に映らないところに連れて行け!!」
そう叫ぶと他の修道女達がザッとこちらに駆け寄り自分たちを押さえつけて拘束する。
下手な拘束のせいで銀髪の少女の腕が首に食い込んみ、苦しそうに藻掻くのが見え、心の中でここまで頑張ったのだからやめてほしいと必死で叫ぶと同時に美丈夫が
「やめないか!!!」
再度、ビリビリと体を震わすほどの怒声を浴びせる。院長は間近でそれを受けてしまい、腰を抜かしてしまう。
(……漏らしてる)
漆黒の上質なカソックでわかりにくいが、確かにそのあたりが更に黒く変色している。
身分が落ちたにも関わらず、贅沢をするために革靴を履いているが、それもまた黄色いもので濡れていく。
(くそったれ……いや、小便ったれが)
思わず鼻で笑うと、ゴッと修道女に頭を殴られる。
「……誰が子どもたちに手を上げていいと言った」
「ひっ……」
美丈夫がギロリと睨みを利かせながらそう言うと、ガタガタと体を震わせながら拘束を解く。
少女はぎゅっと腰に抱き着き、自分もまたそれを守るかのように抱きしめる。
そして美丈夫は自分と銀髪の少女の肩を抱き寄せながら宣言する。
「この二人の子どもをハーマルフォウト伯爵家が引き取ろう。金なら腐るほどあるが……仕事をしない無能にくれてやるほど善人じゃなくてな。
貴様をクビにしてトップに経営を任せるために暫く我が家の執事を置く」
ポカン、と、馬鹿みたいに口を開け、美丈夫──名前と、辿り着く先だけを知っている、伯爵を見上げる。
そして彼は優しくこちらに手を差し伸べ、導かれるように思わずその手を握り返してしまう
これは、未来を識る私が世界を守るための戦いであり、この伯爵に救ってもらうための物語。




