指先
数秒後。
風がゆっくりと煙を押し流し始める。
真っ白だった視界が少しずつ開けていく。
誰もが周囲を見回し、互いの姿を探した。
その時だった。
「クレア!!」
イーサンの叫び声が夜の村へ響く。
全員が声のした方へ駆け出した。
地面にはクレアが倒れていた。
胸からは大量の血が流れ続け、服を真っ赤に染めている。
ヴィクターは慌てて駆け寄り、クレアの身体を抱き起こした。
「しっかりしろ!!」
震える声だった。
イーサンも膝をつく。
「目を開けろ!」
「頼む……!」
ミアも涙を浮かべながら駆け寄る。
アレックスはすぐに傷口を確認した。
「深い……。」
そう呟くと、迷わず両手で傷口を強く押さえた。
「布だ!」
「早く!」
ノアは震える手で上着を脱ぎ、ミアへ投げ渡す。
ミアは必死に受け取り、アレックスと一緒に傷口を押さえた。
「お願い……!」
「死なないで……!」
しかし。
クレアは苦しそうに咳き込む。
「ゴホッ……!」
大量の血が口から溢れ、地面へ落ちた。
ヘイズは青ざめた顔で叫ぶ。
「誰だった!?」
「誰にやられたんだ!」
イーサンも身を乗り出す。
「見たんだろ!?」
「犯人を見たんだろ!!」
全員が息を呑んだ。
クレアは震える瞼をゆっくりと開く。
焦点の合わない瞳が、八人を見渡した。
震える右手が少しずつ持ち上がる。
その指先が、ゆっくりと一人へ向いた。
全員がその方向を見る。
ライアンだった。
公民館とは違う。
静かな夜の中で、空気が凍り付く。
ライアンは目を見開いた。
「……え。」
言葉が出ない。
イーサンも驚いたように目を見開く。
「やっぱり……!」
ライアンは首を横へ振る。
「違う!」
「俺じゃない!」
必死だった。
しかし誰も動けない。
クレアは何かを伝えようと唇を震わせる。
「ち……。」
声にならない。
「ち……。」
もう一度。
必死に言葉を絞り出そうとする。
全員が耳を澄ませた。
クレアは最後の力を振り絞る。
「……ち……が……。」
その瞬間。
身体から力が抜けた。
指先が地面へ落ちる。
ミアはその場へ崩れ落ちた。
「そんな……。」
涙が止まらない。
アレックスは静かに目を閉じると、そっとクレアの瞼を閉じてやった。
誰も声を出せなかった。
夜の村を包むのは、重苦しい沈黙だけだった。
静寂を破ったのはイーサンだった。
「違う、じゃねぇ。」
低く、怒りを押し殺した声だった。
全員の視線がイーサンへ向く。
イーサンはクレアの亡骸を見つめたまま口を開く。
「最初に言ったのは”ち”だ。」
「“違う”なんて言おうとした証拠はどこにもねぇ。」
ライアンはすぐに反論する。
「何言ってる!」
「最後まで聞いただろ!」
しかしイーサンは首を横へ振った。
「“ち”……。」
「近くにいた、かもしれねぇ。」
「“血”だったのかもしれねぇ。」
「違う言葉を言おうとしてた可能性だってある。」
一度言葉を切る。
そしてライアンを真っ直ぐ睨みつけた。
「でもよ。」
「最後に指を差したのは、お前だ。」
その一言で空気が再び張り詰める。
ライアンは拳を強く握り締めた。
「煙で何も見えてなかった!」
「俺だってどこに誰がいるか分からなかったんだ!」
イーサンは一歩前へ出る。
「だからって疑いは消えねぇ。」
「指を差された事実は変わらない。」
ライアンも負けじと前へ出た。
「だったら、お前はどうなんだ!」
「クレアと同じ西側を見張ってたのは、お前だろ!」
その場の空気が一気に険しくなる。
イーサンは眉を吊り上げた。
「俺が殺したって言いてぇのか?」
「お前が一番近くにいたはずだ!」
ライアンは叫ぶ。
「煙が出る前まで、クレアはお前の近くにいた!」
イーサンも怒鳴り返す。
「死んだのは全員が散らばった後だ!」
「煙の中じゃ誰がどこへ行ったか分からねぇ!」
互いに一歩も引かない。
今にも掴み合いになりそうだった。
「やめろ!!」
ヴィクターの怒鳴り声が夜に響く。
「今は言い争ってる場合じゃない!」
「クレアは死んだんだぞ!」
しかし、その言葉すらイーサンには届かなかった。
「もう限界なんだ!」
「これ以上、死人を出したくねぇ!」
ライアンを指差しながら叫ぶ。
「こいつを縛れ!」
「今ここで!」
「そうしなきゃ次も誰かが死ぬ!」
誰も動けない。
誰も正解が分からない。
納屋の前は再び怒鳴り声で包まれていた。
その様子を、アレックスだけは何も言わず見つめていた。
視線はライアンではない。
クレアの亡骸に向けられている。
脳裏に浮かぶのは、ほんの数秒前の光景。
煙の中。
倒れながら震える腕。
ゆっくりと伸ばされた指先。
本当にライアンを指差したのか。
それとも――。
苦しみの中で、偶然あの方向へ腕が伸びただけだったのか。
アレックスには分からなかった。
だが、一つだけ確信していた。
この村は、人狼だけでは終わらない。
誰かが、意図的に村人同士を疑わせようとしている。




