煙幕
公民館は静まり返っていた。
誰もが昨夜の戦いを思い返している。
その沈黙を破ったのはカイだった。
「アレックス。」
全員の視線がアレックスへ集まる。
カイは腕に巻かれた包帯を見つめながら静かに言った。
「その傷じゃ、今夜は無理だ。」
「昨日は勝てたかもしれない。でも、それは相手も予想していなかったからだ。」
「同じことは二度と通用しない。」
ヴィクターも小さく頷く。
「今夜は休め。」
「傷を悪化させれば、お前まで失うことになる。」
しかし、アレックスは首を横へ振った。
その目に迷いはない。
「人狼も弱ってる。」
「手負いなのは向こうも同じだ。」
「ここで追わなければ、次はない。」
イーサンも勢いよく立ち上がる。
「そうだ!」
「みんなで見張れば問題ねぇ!」
「今夜こそ決着をつける!」
公民館に再び緊張が走る。
ノアは少し考え込んだあと、ゆっくり口を開いた。
「前は四人で見張った。」
「でも今回は違う。」
机の上へ村の地図を広げる。
「……九人全員で見張ろう。」
全員が地図へ視線を向ける。
ノアは納屋を指差した。
「ここを中心に全員で配置につく。」
「人狼は必ず動く。」
「その時に手掛かりを掴む。」
「今度こそ正体へ近づけるはずだ。」
ミアが不安そうに口を開く。
「でも……。」
「危険すぎるよ。」
「みんな外に出たら、人狼に襲われるかもしれない。」
ヴィクターも重々しく頷いた。
「確かにそうだ。」
「今夜で全滅する可能性もある。」
その言葉に誰も反論できない。
カイは静かに続ける。
「少なくとも今夜は、人狼と同じ夜を過ごすことになる。」
「少しの油断が命取りになる。」
イーサンは拳を強く握り締めた。
「それでもやるしかねぇ。」
「もう逃げてばかりはいられない。」
「このまま待っていたら、俺たちは一人ずつ殺されるだけだ。」
しばらく沈黙が流れる。
ヴィクターは全員の顔をゆっくり見渡した。
恐怖。
迷い。
覚悟。
九人それぞれの表情を見つめたあと、小さく息を吐く。
「……分かった。」
「今夜だけだ。」
「今夜だけは、全員で見張ろう。」
その言葉に少しだけ空気が変わる。
カイは地図へ指を置いた。
「ただし、一ヶ所に集まるな。」
「納屋を中心に円を作るように配置する。」
「全員がお互いの位置を把握できる距離を保つんだ。」
クレアも力強く頷いた。
「異変を見つけたら、すぐ叫ぶ。」
「誰か一人で追いかけたりしない。」
アレックスも静かに頷く。
「……それで行こう。」
全員が顔を見合わせ、小さく頷いた。
その夜。
九人は命を懸けた最後の見張りへ向かうことになる。
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夜。
九人は納屋を中心に、それぞれ決められた場所へ散っていた。
北側にはヘイズとアレックス。
東にはヴィクターとカイ。
西にはイーサンとクレア。
南にはライアン、ノア、ミア。
全員が互いの位置を確認しながら、静かに周囲を警戒していた。
月明かりだけが村を照らしている。
風は弱く、木々がかすかに揺れる音だけが耳に届く。
誰も口を開かない。
聞こえるのは虫の鳴き声だけだった。
時間だけがゆっくりと過ぎていく。
十分。
二十分。
三十分――。
何も起こらない。
ヘイズは小さく息を吐いた。
「……静かすぎる。」
アレックスは周囲を見渡したまま低く呟く。
「……嫌な静けさだ。」
「何か来る。」
その一言にヘイズは思わず息を呑んだ。
全身へ緊張が走る。
その瞬間だった。
バリンッ!!
何かが割れる音が夜の村へ響いた。
音は納屋の近くからだった。
ヘイズが反射的に振り向く。
「何だ!?」
次の瞬間――
ボフッ!!!
地面へ落ちた何かから、大量の白い煙が一気に噴き出した。
「煙だ!!」
ヘイズが叫ぶ。
白煙は勢いよく広がり、風に乗って村中を覆っていく。
イーサンも叫ぶ。
「くそ!!」
「前が見えねぇ!!」
煙はあっという間に納屋周辺を包み込んだ。
数メートル先すら見えない。
人影は完全に白い霧の中へ消えていく。
混乱が始まった。
「アレックス!!」
「どこにいる!」
ヘイズの声だけが響く。
「おい!!」
「ヴィクター!返事をしろ!」
イーサンも叫ぶ。
「ライアン!!」
「ノア!!」
「ミア!!」
煙の中では誰がどこにいるのか分からない。
互いの姿も見えない。
焦りだけが広がっていく。
その時だった。
煙の向こうから、落ち着いた声が響く。
「散らばれ!!」
カイだった。
「固まるな!!」
「人狼の狙いだ!!」
「煙の外へ出ろ!!」
その声を聞いた瞬間。
全員が反射的に走り出した。
煙を抜けようと必死に走る。
しかし。
誰がどの方向へ向かったのか。
もう誰にも分からなかった。
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白い煙の中。
一つの人影が立ち止まる。
クレアだった。
視界は真っ白。
目の前に立つ人影すら輪郭しか見えない。
「……誰?」
返事はない。
クレアは恐る恐る一歩近づく。
「返事をして!」
「誰なの!?」
その影は微動だにしなかった。
クレアはもう一歩だけ近づく。
その瞬間。
ズブッ。
鈍い音が響く。
何が起きたのか分からない。
ゆっくりと視線を落とす。
胸から黒い刃が突き出ていた。
「あ……。」
息が止まる。
身体から力が抜けていく。
影は無言のまま刃を引き抜いた。
ズルッ……。
温かい血が胸を伝い、地面へ落ちる。
クレアは震える唇を動かした。
「……あ……な……た……。」
最後まで言葉になることはなかった。
影は何も答えない。
ゆっくりと背を向け、そのまま煙の中へ姿を消した。
残されたのは、白い煙と、静かに倒れていくクレアだけだった。




