仮説
だが、一つだけ確かなことがあった。
間違いなく、人狼はこの混乱を望んでいる。
誰かを疑わせ、仲間同士で争わせる。
それこそが人狼の狙いなのだ。
そう思った、その時だった。
カイが静かに口を開く。
「……落ち着こう。」
その低く落ち着いた声は、張り詰めていた空気を少しだけ和らげた。
「このまま疑い合っていても、人狼の思う壺だ。」
誰もすぐには返事をしない。
イーサンもライアンも、互いを睨みつけたまま動かなかった。
やがてイーサンは舌打ちをすると、ゆっくり視線を逸らす。
ライアンも拳を握り締めたまま、小さく息を吐いた。
その一言で、納屋の周囲は再び静まり返る。
誰もが分かっていた。
今ここで争えば、一番喜ぶのは人狼だということを。
しかし、疑いが消えたわけではない。
その場にいた全員の胸の中へ、疑心暗鬼だけが深く残った。
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翌朝。
灰色の雲が空を覆い、朝だというのに村は薄暗かった。
公民館の中には、重苦しい空気が流れている。
クレアの遺体は白い布で静かに覆われ、部屋の隅へ寝かされていた。
誰もその姿を直視できない。
残された村人は、八人。
昨日まで九人いた。
また一人減った。
その現実だけが、胸へ重くのしかかる。
ヴィクターは疲れ切った表情で全員を見渡した。
目の下には深い隈ができ、声にも力はない。
「……これ以上、死人は出したくない。」
誰も顔を上げない。
「今日中に何か手を打たなければ、この村は終わる。」
静かな声だった。
しかし、その言葉の重みは誰よりも伝わっていた。
誰一人反論しない。
反論する気力すら残っていなかった。
しばらく続いた沈黙を破ったのはカイだった。
カイは机の上へ一枚の村の地図を広げる。
全員の視線が自然とそこへ集まった。
「昨日の煙。」
「……あれは偶然じゃない。」
イーサンは腕を組みながら頷く。
「あんなもん、誰かが前もって用意してなきゃ無理だ。」
ヘイズも難しい表情で口を開いた。
「つまり、人狼には準備する時間があったってことか。」
カイは静かに頷く。
「それだけじゃない。」
そう言うと、指先で地図をゆっくりとなぞる。
「煙が広がる位置まで計算されていた。」
「風向きも、俺たちの配置も。」
「完全に読まれていたんだ。」
全員が地図を見つめる。
カイの指は納屋を中心に大きな円を描いた。
「煙が広がった瞬間、俺たちは全員分断された。」
「助けに行くことも、誰がどこにいるか確認することもできなかった。」
アレックスも静かに頷く。
「あれは罠だった。」
短い一言だったが、その場にいた全員が同じ考えだった。
ヴィクターは深く息を吸い、静かに呟く。
「人狼は……力だけじゃない。」
「頭も使う相手だ。」
その言葉に、公民館は再び重い沈黙へ包まれた。
重苦しい沈黙の中、ミアが恐る恐る口を開いた。
「つまり……。」
「共犯者が煙を使ったってこと……?」
イーサンは腕を組んだまま頷く。
「そう考えるのが自然だ。」
「人狼一匹じゃ、あんな準備はできねぇ。」
その言葉に、公民館の空気はさらに重くなった。
誰もが、自分たちの中に裏切り者がいることを改めて突きつけられる。
ミアは小さく俯いた。
「共犯者が……私たちの中にいるなんて。」
イーサンは勢いよく立ち上がる。
「だから言ってるだろ!」
「共犯者はライアンだ!」
ライアンも立ち上がり、鋭く睨み返した。
「すぐ決めつけるな!」
「その話は昨日終わったはずだ!」
「クレアの言葉だって最後まで聞こえてない!」
「だったら何も確定してないだろ!」
二人がまた一歩前へ出ようとした、その時。
ヴィクターが静かに言った。
「……落ち着け。」
「今は犯人探しより先に、人狼の正体を考えるべきだ。」
二人は何も言わず席へ戻る。
だが、互いへの疑いは消えていなかった。
その時だった。
今まで黙っていたノアが、ゆっくりと手を挙げる。
「……ちょっといいかな。」
全員の視線が集まる。
ノアは少し考えるように俯き、静かに話し始めた。
「共犯者のことなんだけど。」
「一つだけ、ずっと引っ掛かってることがある。」
誰も口を挟まない。
「レオンさんだけ……殺され方が違ったよね。」
イーサンは頷く。
「ああ。」
「胸を刺されてた。」
「だから共犯者がやったんだろ。」
ノアは首を横へ振った。
「もちろん、その可能性もある。」
「でも……。」
一度言葉を切る。
公民館は静まり返っていた。
「もしかしたら。」
「可能性としてだけど……。」
「人狼は、人間の姿のままでも人を殺せるんじゃないかな。」
その瞬間、公民館の空気が凍りついた。
ヘイズが眉をひそめる。
「人間の姿で……?」
ノアはゆっくり頷く。
「今まで僕たちは、夜になると狼へ変身して襲うと思い込んでた。」
「でも昨日は違った。」
「九人全員が外にいた。」
「なのに、人狼の姿は一度も現れなかった。」
「それでもクレアさんは殺された。」
誰も反論できない。
ノアはさらに続ける。
「そしてレオンさん。」
「あの殺され方だけ異質だった。」
「もし人狼が人間の姿でも殺せるなら……。」
「レオンさんの事件も、共犯者がいるように見せ掛けるための演技だった可能性がある。」
その推理に、公民館は完全な静寂へ包まれる。
カイは腕を組み、ゆっくり頷いた。
「……可能性はある。」
「間違いなく人狼は自由自在に姿を変えられる。」
「昨日、人狼が姿を現さなかったこと自体が、その証拠になる。」
その言葉を聞いた全員の表情から、わずかに希望が消えた。
もし、その推理が正しいなら――。
人狼は昼も夜も、人間として自分たちのすぐ隣にいることになる。




