悲鳴
外は夕焼けだった。
沈みかけた太陽が村全体を赤く染めている。
昼間は人の声が絶えなかった村も、今では鳥の鳴き声すら聞こえない。
誰もが家へ帰ることだけを考え、足早に歩いていた。
イーサンは赤く染まる空を見上げ、大きくため息をつく。
「……クソ。」
握った拳には自然と力が入っていた。
「このままじゃ終わりが見えねぇ。」
その声には焦りと苛立ち、そして無力感が滲んでいた。
隣を歩くカイは、夕焼けに染まる山々を見つめながら静かに答える。
「焦るな。」
短い一言だった。
しかし、その声は驚くほど落ち着いていた。
イーサンは苛立ったように振り向く。
「焦るなって……。」
「もう九人だぞ。」
「半年で百四十一人も死んだ。」
「焦らない方がおかしいだろ。」
カイは歩みを止めない。
「だからこそだ。」
「焦った方が負ける。」
「人狼は、それを待っている。」
その言葉にイーサンは何も言い返せなかった。
悔しそうに歯を食いしばり、視線を地面へ落とす。
三人目の足音だけが静かに響く。
後ろを歩くアレックスだった。
無言。
相変わらず表情一つ変えない。
その鋭い目だけが周囲を警戒している。
イーサンは誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
「……やっぱり怪しい奴を縛るべきだった。」
返事はない。
風だけが三人の間を吹き抜ける。
少し離れた場所ではクレアがその様子を見つめていた。
イーサンの怒った表情。
カイの冷静な横顔。
そして無言のアレックス。
何か言おうとして口を開きかける。
しかし結局、何も言えなかった。
静かに視線を逸らし、そのまま自分の家へ向かって歩き出す。
誰もが誰かを疑っている。
誰もが誰かを恐れている。
そんな村になってしまっていた。
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ライアンも自宅へ戻っていた。
玄関の扉を閉める。
ガチャ。
鍵を掛ける音だけが静かな部屋へ響く。
念のため窓も確認する。
すべて閉まっている。
カーテンを引き、もう一度部屋を見回した。
誰もいない。
静まり返った部屋。
それでも落ち着くことはできなかった。
今日の会議が頭から離れない。
『あなたが来てから、この村は変わった。』
ソフィアの言葉。
『やっぱりこいつを縛るべきだ!!』
イーサンの怒鳴り声。
『証拠は?』
『ねぇよ。でも可能性は高い。』
会議で交わされた言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返される。
ライアンはゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
両手で顔を覆う。
「…………。」
何も言葉は出ない。
疑われる苦しさ。
誰にも信じてもらえない孤独。
胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
しばらく動かず座っていたが、やがて静かに立ち上がる。
部屋の明かりを消す。
暗闇が部屋を包み込んだ。
ライアンはベッドへ腰を下ろし、静かに目を閉じた。
だが、その夜は眠れる気がしなかった。
夜。
村は再び静寂に包まれていた。
空には雲ひとつない満月。
月明かりだけが村を青白く照らしている。
風は吹かない。
虫の鳴き声も聞こえない。
静かすぎる夜だった。
まるで村全体が息を潜めているかのような、不気味な静寂。
その頃、アレックスはまだ眠っていなかった。
部屋の中央に置かれた椅子へ腰を掛け、窓の外をじっと眺めている。
目は閉じない。
気を抜く様子もない。
部屋の隅には、大きな斧が立て掛けられていた。
長年使い込まれた刃は鈍く月明かりを反射している。
アレックスは静かに立ち上がり、斧を手に取る。
刃先を指でなぞり、ゆっくりと状態を確かめる。
「……。」
何も言わない。
ただ、いつでも戦えるよう準備を整えていた。
再び椅子へ腰を下ろし、窓の外へ目を向ける。
時間だけがゆっくりと流れていく。
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一方、その頃。
ヴィクターも眠れずにいた。
机の上には一枚の紙。
そこには、生き残った九人の名前が並んでいる。
イーサン。
ライアン。
ノア。
カイ。
ヘイズ。
クレア。
ミア。
アレックス。
そして、自分。
ヴィクターは名前同士を何本もの線で結びながら考え続けていた。
誰が誰を疑っていたのか。
誰がいつ、どこにいたのか。
何度考えても答えは出ない。
やがて鉛筆を机へ置き、小さく呟いた。
「……誰なんだ。」
その瞬間だった。
ガサッ。
家の外から草を踏む音が聞こえた。
ヴィクターの動きが止まる。
ゆっくりと息を殺し、耳を澄ませる。
再び音がした。
ガサ……。
ガサ……。
誰かが家の周りを歩いている。
一定の速度で。
まるで様子を窺うように。
人か。
獣か。
それとも――。
ヴィクターは椅子から立ち上がることもできず、じっと音だけを追う。
鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
数十秒後。
足音は少しずつ遠ざかり、やがて完全に消えた。
ヴィクターは張り詰めていた息をゆっくり吐き出す。
「……行ったか。」
数分後の出来事だった
静まり返った村へ、一本の悲鳴が響き渡る。
「きゃああああああぁぁぁ!!」
女の悲鳴だった。
夜の静寂を切り裂くような、助けを求める叫び。
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アレックスは勢いよく立ち上がった。
悲鳴の方向はすぐに分かった。
ミアの家だ。
村人なら、誰の悲鳴が聞こえても外へ出ない。
それが、この村で生き残るための掟だった。
だが、アレックスは迷わなかった。
「……。」
これ以上、犠牲者は出させない。
その一心だった。
壁に立て掛けてあった斧を掴む。
そして勢いよく玄関の扉を蹴り開けた。
バンッ!!
冷たい夜風が一気に吹き込む。
月明かりの下へ飛び出したアレックスは、迷うことなく悲鳴のした方向へ駆け出した。
闇を切り裂くように、全力で。




