【後日談】天藍の瞳の王と、永遠の誓い(前編)
「あの……仕事がありますし……」
アズラル様が貧民街の診療所まで迎えに来てくださって、嬉しくはあったけれど、実際の生活を考えると「はい、行きます」と即答できなかった。
アズラル様は、私を抱きしめたまま、ひと時も放してくださらない。
私は腕の中で方向を変えようともがくけれど、腕の力は緩まない。
「あの……アズラル様、少しだけ離していただけませんか……」
今は干したシーツの陰に隠れているけれど、診療所には患者さんがいるし、午後の仕事もたくさん残っている。
「夢にまで見て、やっと、やっと会えたのに、パルはどうしてそんなに俺から離れようとするの?」
アズラル様は、ギュウとなおさら腕に力を入れる。
しっとりとした暖かさに囚われて、体より心が苦しい。
以前より少しアズラル様の体が大きく筋肉質になった気がして、会えなかった時間を思い起こされる。
「国王陛下がこのようなところにいらしては、安全面も心配です。王宮にお帰りくださいませ」
「もちろん護衛はついているよ」
アズラル様が、道を見やる。
屈強な男性が数人、鋭い目でこちらを見ている。外套の下には恐らく武器を握っているのだろう。
全て凝視されているかと思うと、恥ずかしくていたたまれない。
「アズラル様~。お願いですから、離れてください。後ほど、王宮に参上しますので」
アズラル様は、渋々といった様子で体を放した。
それでも、私の服の袖を握っている。
「もしパルが逃げるなら、王命で指名手配をかけるから」
「指名手配……」
冗談だと思いたいけれど、アズラル様の眼を見ると、そう言えない気がする。
「逃げませんから。必ず、参ります」
「……約束だ……」
一瞬泣きそうな顔をした王様は、外套を翻し、離れて行った。
◇◇◇
診療所で仕事を片付けて、ラリマ先生にお話をした。
ラリマ先生は、医師だった父の知人だった。
父の罪も、私の罪も知っている。
もちろん誰にも言えないけれど、父に協力してくれた宝飾職人は先生のお兄さんだった。
「あの……王宮から遣いが参りまして……」
「見ていたよ」
先生が笑う。
私は、あれを見られたのかと思うと、ボッと赤面する。
「あの……」
何をどう説明しようか迷っていると、先生は、少し遠くを見て静かに言った。
「国も、人の体も、一緒だと私は思う。どこか一か所でも滞ったら病になる。どちらの健康に尽くすかは同じ価値があるし、自由だ」
「先生……」
ジンと胸が熱くなる。
貧しい人のため、いつも全力で尽くす先生を、私は心から尊敬している。
それでも助けられる命ばかりじゃない。
そんな毎日の葛藤を抱えながら、一緒に乗り越えてきたここ二年は、もう二十年のようにも感じられる。
私は……何を選んで生きていけるだろう?
◇◇◇
馬車が迎えに来ていて、王宮へと向かう。
一日仕事をして汚れた服が気になった。汗もかいたし、ほこりも被っている。
家で着替えたいと思ったけれど、ただでさえ長く待たせてしまった迎えの人に言い出せない。
馬車が王宮に着くと、アズラル様が飛び出してきた。
「アズラル様……」
言い終わる前に、アズラル様に抱きしめられる。
たくさんの使用人や警備兵にジロジロと見られていたたまれなく、体を離しようとするけれど、
「パル……」
アズラル様の体が震えている。
失礼ながら、小さな男の子が迷子になった末に、お母さんに会えたような必死さを感じた。
私は、手を伸ばして、アズラル様の背中を撫でる。
「ごめんなさい、アズラル様……」
心苦しいし、愛しい。
◇◇◇
アズラル様の部屋に通される。
あの、即位式の日に、儀式用のローブや宝帯が置かれていた部屋。
私が犯した最後の盗みの部屋。
「……元気そうでよかった」
ソファに座ったアズラル様の表情は硬かった。
「はい、とても元気です」
「アズラル様も、お元気そうで良かったです」
「全然、元気じゃないよ」
アズラル様は、ムっと口を結んだ。
「……あの日、即位式の間ですら、俺は君の姿を探していた。君が姿を消したと気付いた時の俺の気持ちが分かる? 惚れ薬に頼るような男だから、軽蔑されたのかもしれないと思った。それでも軍を総動員して追うことも考えた」
「……軍ですか?」
想像すると、怖くなる。
「さすがに私情すぎて、そこまではしてないよ。少し手伝ってはもらったけど。……正直、探すのも怖かったんだ。見つかっても君が拒否するかもしれないし。思い起こせば、君から男としての好意を得た感じはあまりなかった……」
「そ……そんなことは……」
あの頃は、宝帯の件で、恋心など必死で抑えてたから。
「……好いた男が……とか……結婚しているかもしれないとも心配した」
アズラル様が、揺れる瞳で私を窺う。
「ないですよ。仕事しかしていません」
色気がない話だけれど、それが真実。
恋心を忘れるために打ち込んだという自覚もある。
「そうか……」
アズラル様は、ホッとした様子で相好を崩した。
「あ、アズラル様は、ご縁談は……? クロマ公国のカイヤ様とお話があったはずでは……?」
国王様の花嫁候補の噂は、民衆の間でも何度もあったけれど、ご成婚の話はついぞ聞かなかった。
私は日々仕事に追われていて、情報に疎かったけれど、さすがに耳には入るだろう。
あれから二年以上、時間が止まっていたみたい。
「ああ、情勢の変化もあったのと、即位後忙しくて、それどころじゃないと逃げたせいもあるんだが……毎日毎日、皆から責められ続けているよ。お陰で、私は男色だと言われている。……まあ、それでも構わないけれど。パルだって知っているだろう、私の体質を」
着飾った女性で具合が悪くなるアズラル様。
「アズラル様……。まだ、症状が出るのですか? もっといろんな女性とお会いされてはどうでしょう。香水やお化粧を控えてもらえば大丈夫かもしれません」
私は、医療関係者の癖で、対処法を考えてしまう。
アズラル様が、すうっと目を細めて、私の横に座り直した。
「……パルは、そんっなに俺に他の女性を当てがいたい?」
いつも丁寧な口調のアズラル様が“俺”という時は、本音の時だったのを覚えている。
責めるような視線を向けられて、ハッとする。
「申し訳ありません。でも、私はいろんな意味で国王様に釣り合うような人間では……」
やっぱり、現実的に考えたら難しいと思ってしまう。
「私が国王として、人として望むのは、唯一君の愛だけだ。手を取ってくれたのだから、今更なかったことにしないでくれ」
まっすぐに向けられる紺碧の視線。
いろいろ立場上の問題はあるけれど、これ以上、逃げるのは失礼だとも思った。
「はい」
私は、はっきり頷いた。
アズラル様は、自分のシャツの胸のあたりをギュッと握った。
泣きそうな顔で、微笑む。
「パル……」
アズラル様の顔が近付いてくる。
唇が私の唇に重なった。
暖かく優しい口付け。
「……媚薬の時以来だな……」
唇を離したあと、アズラル様はうっとりとした口調で呟いた。
「いや、あれは……キスとは言えなかったな……。最低なことをしたと悔やみながらも、何度も思い出していた。もっと……もっと、君がここにいると確かめさせて……」
甘く掠れた声。
先ほどより深く唇が重なる。
全身がビリビリと震えた。
いろんな意味で、もう……逃げられないと感じた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。後日談前後編です。明日後編アップ予定です。




