蒼い瞳の王子アズラルと仮初めの婚約⑫即位式と恋物語の結末(完)
⑫即位式と恋物語の結末
即位式のアズラル様を、一目見たいと思った。
深紅のローブに、黄金の王冠。そして宝帯。
さぞ、高貴で素晴らしいお姿だろう。
二十歳の輝かしい新王様。
咲き誇る生花の中、精霊や国民の祝福を一身に浴びて。
……でも、私にはやはり許されないと思う。
どういう理由であれ、私は幾度もの盗みを犯した。
信じてくれた多くの人を裏切った。
それぞれの人の顔が浮かぶ。それは父ではなく私の罪。
アズラル様が許すと言ってくださっても、私に光は似つかわしくない。
この気持ちのままで、開き直って変わらない生活をするなんてできない。
あの方の美しい未来を汚したくない。
――それでも、本当は。
側にいたいと願ってしまう自分を、何度も押し殺して。
そして私は決めた。
人をだますためではなく、癒すために生き直そうと。
舞う紙吹雪と鐘の音。
飛び立つ白い鳩。
新国王のお披露目を待つ人たちが、宮廷に多く押し寄せていた。
国歌のハーモニーが響く。
わあ!っと大きな歓声が上がった。
盛大な拍手の波が起こる。
キラリと何か反射した光が目に届いた。
私は、その歓声を背に王宮を後にした。
◇
季節が廻り、私は貧民街に身を置いていた。
小さな診療所で医者の助手として働いている。
人のために役立てることが私の本当の贖罪だと心に決めて、父の知り合いの伝を頼った。
診療所は、いつも貧しい人に溢れていて、実入りは少ない。
それでも人を救いたいという医師の姿に父の姿を重ねて、私はやりがいをもって働いていた。
丈夫な自分の体にも感謝している。
大きな政治改革で国庫からの援助もあり、最近は少しずつ良くはなっているけれど、末端の改善にはまだ時間が掛かるだろう。
子どもたちの熱を測り、痛みに苦しむ人の手を握り、背中をさする。
「気持ちいいねえ」
高齢の患者さんが言った。
「王太子殿下……王様にも、して差し上げていたんですよ」
私は、笑って話す。夢物語。
「そうかい、じゃあ私は、王族だねえ」
「ええ、そうですね」
「王様は、どんな人だったかい?」
「……とても、とても素敵な方でした……」
窓から見上げると、外は良い天気。
新王様の御代になり、天候にも恵まれ、農作物は豊作だ。
大きな災害もなく、国交も安定しているそう。
それは、新王様が精霊の祝福を受けている印。
そして……元気でいらっしゃるという証。
この平穏が続くことを、心から願っている。
私は、香りの研究も重ねていて、患者さんが少しでもリラックスできるように、あのキャンドルを焚いたりしていた。
皆、良い香りだと喜んでくれた。
時々、あの方に癒しの香りをお届けしたいと思ったりするけれど、もう、そのような必要もないのかもしれない。
◇
ある日、私は洗濯をしていた。雨上がりの透き通るような青空の洗濯日和。
昨日まで降り続いた雨で濡れていた地面から陽炎があがっている。
土と草の香りがする。ロープに広げたシーツが、風でめくれた。
その隙間から、深く外套を被った男性が見えた。
背後に、近所の子どもたちが遊んでいる声が響いている。
私を見た男性は言った。
「……やっと、見つけた……。きっと医療の場にいるのではないかと思って、片っ端から探したんだ。政務の合間、何年も国中回って、やっと香りで引き寄せられた」
外套を脱ぐと、淡い金髪と、優しい紺碧の瞳。
手には、見覚えのある小さな箱。
宝物庫に入れ、二度と触れることはないと思っていた、あの贈り物。
「……一目だけでも、会いたかった。会うだけでもいいと……そう願っていたけれど……」
彼は、ゆっくりと手を私に差し出した。わずかに震えているのが分かる。
私が呆然とその手を見ていると
「長いこと、手のマッサージもしてもらってないから、ガサガサなんだ」
彼は小さく笑った。
そして、少しの間の後、困ったような表情で私を見つめた。
「……強力な惚れ薬がないと、付いてきてはもらえないのかな?」
(こんな私を、こんなところまで……)
忘れていた息を大きく吸って、私は言った。
「必要ありません。惚れ薬を使う前から……私は、あなたを……」
自然に、涙がポロポロと溢れた。
子どもたちの声は、まだ聞こえている。
両手を広げる男性に、私は飛びついた。
「……私の王妃。一生側にいてくれ」
眩しい笑顔。
夢かと思った。
でも抱き返してくれる優しい腕の暖かさと鼓動を、私は確かに感じていた。
(完)
本編終了いたしました。ここまでお読みいただきありがとうございます!
少しおまけエピソード掲載予定です。




