蒼い瞳の王子アズラルと仮初めの婚約⑩即位式と盗み
⑩即位式と盗み
そうこうしているうちに、現王様の退位が正式に発表された。
そしてアズラル様の即位式が決まった。
本来は、縁談を先にまとめる話だったのだが、その話は外交問題もあり、遅延しているということだった。
この国は神権政治の国だ。
王の即位の儀式は、国家安寧の精霊の力を次王に引き継ぐという意味が大きい。
それが滞れば、国は乱れ、天変地異が起きる――
そう、古くから信じられてきた。
取り急ぎおこなわれる儀式のため、宮廷は上へ下への大騒ぎだった。
会場設置や、来賓への対応。外国からも多くのお客様が来られる。
通訳や席順なども留意しなければいけない。
アズラル様も、いつも以上に息をつく間もなく、忙しく走り回っていた。
(もう、今日しかない……)
明日の即位式に使われる宝帯が、宝物庫から出される。
おそらく、父もこの時を狙ったのか、たまたま見て魔が差したのか。
騒ぎの中でアズラル様の執務室の様子を伺っていた。
明日の衣装や、宝帯を含めた宝具が運びこまれた。
廊下で息をひそめて、出入りする人の流れを見守る。
(今だ……)
そう思った。
足音が鳴らないように、執務室にそっと近付く。
さっき警備兵が出ていったから、鍵も開いている。今なら、中に入れる。
心臓がドクンドクンと早鐘のように響いて、足が震える。
あと二歩で扉の前だというところで、戻ってきたアズラル様と鉢合わせしてしまった。
アズラル様の執務室の前だから当たり前だけれど。
企みがバレてしまうかもと思うと、心臓の音がうるさい。
「……殿下……」
緊張で体が強張る。
「パル……」
先日の媚薬のことがあったからか、アズラル様は目が合った瞬間、パッと顔を赤くして、罰が悪そうに目を逸らした。
一度目を閉じて、覚悟を決めたように、私を見つめた。
私の反応を伺って、何か話すのをためらっているようにも見えた。
明らかに動揺している私に、一歩ずつ踏みしめるように、ゆっくり近付いて来る。
「その目は……愛しい人に向ける目じゃないね。呼び方も“殿下”か……」
アズラル様は、自嘲気味に笑う。
「あ……の……」
私にはアズラル様の感情を慮る余裕もなく、盗みを企てている心苦しさで、視線を泳がせる。
「惚れ薬の効果はないのかな? 私のこと……やっぱり愛せない?」
アズラル様の声はわずかに震えていた。
私は、口を開くと余計なことを口走りそうで何も言えない。
沈黙に耐えかねるように、アズラル様が弱々しく呟いた。
「……私は、殴られても構わないよ」
「え?」
私は、アズラル様の顔を見上げる。
アズラル様は、私の手を引いて、執務室に引き入れた。
「式の前だから、目立たないところにしてもらえると、ありがたいけれど」
アズラル様が目を伏せたまま、小さく笑った。
扉越しに、廊下を忙しそうに多くの人が行き交う音が聞こえている。
あっちに運べ、こっちに運べと指示をしているような声。
そして「アズラル殿下は、どちらに?」
慌てている男性の声。
アズラル様が、言った。
「残念ながら時間がないようだ、殴っても良いし、一生恨み言は聞くから、また……」
悲しげに微笑む。
アズラル様が、私の手を取り、自分の指をそっと絡ませた。
私の手よりもアズラル様の手の方が体温が高いのが分かる。
指先まで、ドクドクと脈打つのを感じた。
アズラル様は、名残惜しそうに指を解き、取りに来たのであろう書類を持ち、部屋を出て行った。
胸に鉄の重りを入れられたような気持ちになる。
でも、躊躇している暇もなかった。
アズラル様の執務室。
覚悟を決めて振り返ると、窓からの逆光を浴びた、真っ赤な、素晴らしいビロードのローブが一番に目に入った。
それから、黄金の王冠。
そして―――探し求めた宝帯―――。
指が、足が、震える。
(ああ、やっと……やっと、たどり着いた)
アズラル様の顔が思い浮かんで、胸が苦しくなったが、何とか振り払う。
宝帯は、絵では見ていたけれど、実物を見るのは初めてだった。
ドキドキしながら、手を伸ばす。
光を浴びて輝く、黄金の地金に並んだ宝石。
そんなに大きなものじゃないけれど、見かけ以上にずっしりと重い。
王冠でなく、父が宝帯を選んだ理由が分かる。
持ち出しやすい大きさ。
扉の外では、相変わらず忙しく行き交う人の足音や声が聞こえる。
グッと握って、自分の上着の下に隠す。
ドッ、ドッと響く心臓の音が他の人にも聞こえるのではないかと心配になる。
人目をかいくぐり、息を殺して、部屋へと走った。
自分の部屋に滑り込み、器具を出して、フィルターで宝帯の宝石に光を当てる。
光らなかった偽物の宝石を、自分が持ち込んだ宝石と差し替える。
このために、集めてきた。
盗みだけじゃなく、人の信頼を裏切り、傷つける罪を負った。
手が震えて、何度も器具や宝石を取り落とす。
興奮して汗が目に入る。
右手を左手で押さえながら歯を食いしばって、何とか作業を終わらせた。
父が宝石を取り出した時は、同志の金細工師の協力があった。
その金細工師が父の死後、贖罪のために宝石の場所や技術を教えてくれ、私は必死で特訓した。
宝石を元に戻した後、もう一度フィルターを通した光を当てた。
宝帯すべてが、オーロラ色に輝く。
手に持っているだけで、空から温かい力が流れ込んでくるよう。
ああ、きっとこれが精霊の祝福なのだろう。
神代に、この国の始祖に使わされ、代々の王の権限を保証し、国を守護する大きな力。
そして、片時も早く元に戻さなければ。
呼吸も忘れて、私はアズラル様の部屋へ走った。
最終回まで2話
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