蒼い瞳の王子アズラルと仮初めの婚約⑨口移しの媚薬
⑨口移しの媚薬
それにしても、“惚れ薬”……。
父が残した医学書をめくる。
なかなかそれらしい記述は見当たらない。魔術的なものになるのだろうか。
「魔女」と呼ばれるような人も巡ってみたが、知らないのか、知っていても隠されているのか、分からない。
まあ、そうそう惚れ薬なんか出回っては、世界が大混乱になる。
その間も、アズラル様の婚礼の話は進んでいる。
急がなければいけない。そして、宝帯の件も。
分かってはいるのだけれど、今はあの宝物庫を突破する方法も思いつかないし、アズラル様の心の傷を思うと、放ってもおけなかった。
許可を得て、王室の書庫もひっくり返す。
貴重な本がたくさんある。暇があれば、端から全部読んでいきたい。
今は、そんなこと言っていられないけれど。
私が彷徨っている姿に目をとられたのか、ムーナ様が声を掛けてこられた。
「パル嬢ちゃん、どうかしたのかね?」
私は、一瞬、答えていいものか悩んだが、アズラル様を大切にされているムーナ様ならば、大丈夫ではないかと思った。
「あの……惚れ薬の作り方を調べております」
「……惚れ薬かね? これまたどうして?」
「……アズラル殿下がご所望なんです。お見合いの席までにと。費用も惜しまないと言われているのですが……」
ムーナ様は、頭を撫でながら、しばらく思案されていた。
途中、何か閃いたかのように、笑顔になった。
「……昔、作り方を聞いたことがある。一度調べてみよう」
「本当ですか? よかった! ありがとうございます!
さすが、宮廷医ムーナ様。
ムーナ様ご協力の元、2週間で惚れ薬が完成した。
やはりかなり秘匿されていた技術だそうで、私が一生かけてもたどり着ける技術ではなかった。
材料も超高級で、精製法も特殊。一度作ったけど、二度と作れるものではない。
できた惚れ薬の小瓶を持って、アズラル様の元へ急ぐ。
これで、きっとアズラル様は、隣国王女様と幸せな結婚生活が送れるだろう。
アズラル様の執務室への途中で、足が止まった。
アズラル様のご婚礼の儀を思い浮かべた。
胸の奥がチクリと痛むけれど、国とアズラル様の平安のために必要なのだと思うことにした。
「できました! 惚れ薬」
執務室中のアズラル様に瓶を差し出した。
執務室の机の上は、書類の山。
そういえば、一日ペンを握っていることもあると言われていたのを思い出す。
「……本当に、できたのか?」
アズラル様は、目を見張った。
「ええ、ムーナ様のお陰です。……残念ながら、人に試せてはいないのですが、動物には効果がありました」
試した犬や猫に好かれて困ったほどだ。
「思いを込めて、相手の方に飲ませれば、きっと好きになってくださるのだそうです。これでカイヤ様とのご縁談も……」
私が興奮して説明している間、アズラル様が小瓶を手に取って、じっと眺めている。
「思いを込めて飲ませる? それだけで、いいのか?」
「はい、そうです。封を切った者の想いが薬に宿るそうです」
「……そうか」
小さく呟くと、アズラル様は、しばらく黙って何かを考えていた。少し影がある表情なのが気になった。
「……自分で選べたわけじゃない。でも、王室に生まれた以上、責任は果たそうと努力してきたつもりだ」
「はい」
それは、痛いほど感じている。
「一つだけで良いんだ……人間として一つだけわがままを……」
泣きそうなアズラル様の表情。その顔を見ていると私も泣きたくなる。
「アズラル様……」
「殿下」と線を引くはずだったのに、つい心の声が漏れた。
もし、許されるなら、その不安ごと抱きしめて差し上げたい。
そう思ったけれど、手を伸ばすことはできなかった。
アズラル様は、瓶を握って、しばらく黙って見つめていた。
そして、唇を噛んで、パキッと封を開けた。
「パル……飲んで」
小瓶を私に差し出した。じっと私を見つめている。
「え? お毒見ですか? ムーナ様が宮廷医として保証してくださったので、ご心配いらないかと。もったいないですよ。もう、作れませんから」
ご縁談で使うために取っておかなければいけないのに。
「ごめん……」
そう言った声は、ひどく掠れていた。
紺碧の瞳が暗い。
(何のこと? アズラル様に謝られるようなことがあったかな?)
そう考えていると、アズラル様が小瓶を開けて、口に含んだ。
(え……?)
一瞬のこと。
どういうことか分からないまま、茫然としている私に、アズラル様が手を伸ばし、私を抱き寄せた。
左手で私の顎を上に向かせて、そのまま自分の唇で、私の唇を覆った。
ゴトン、と瓶が落ちる音がした。
口のすき間から、惚れ薬が流れ込んでくる。
甘くて、苦い。どこかしびれるような不思議な味。
反射的に、ごくんと飲み込んでしまった。
触れたままのアズラル様のしっとりと暖かい唇……。
長いまつ毛が間近に見える。
私は、瞬きも忘れてされるがままだった。
すべてが現実だと思えなくて、何をどうしたら全く良いのか分からない。
吐息とともに唇を離したアズラル様が、熱っぽい瞳で私を見下ろす。
私の唇から零れた液体を親指で拭う。
一瞬の間の後、私を力いっぱい抱きしめた。
私の首元に顔をうずめてうめくように囁いた。
「パル……俺を、好きになってくれ……」
ドキン! 全身が心臓になったかのように跳ねた。足がガクガクと震える。
「あ……アズラル殿下?」
「惚れ薬なんて、卑怯だって分かってる。でも、俺は、どうしても愛がない結婚は嫌なんだ。俺は、愛する人と……パルと、一生過ごしたい」
私の肩に顔をうずめるアズラル様の体が小さく震えていた。
「もし、パルがついていてくれたら、俺は何でも越えられる」
「アズラルさ……ま……」
涙腺が熱くなるのを必死でこらえる。
惚れ薬なんて使わなくても、私はとっくに……。
……言いたかったけれど……言えなかった。
私には、アズラル様に恋するより、アズラル様を騙す必要があるのだから……。
アズラル様のためにも……。
最終回まで3話
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