蒼い瞳の王子アズラルと仮初めの婚約⑧王子様の心の傷と芝居
⑧王子様の心の傷と芝居
数日後、アズラル様が、廊下ですれ違いざまに女性と話しているのが見えた。
女性の明るい声が、一言聞こえた。
「いつでも、お声をおかけくださいね」
女性が香水の匂いを残して通り過ぎたあと、アズラル様が、倒れるように床に膝をついた。
「アズラル様!?」
私は駆け寄る。
以前のような発作が起きている。
「パル……」
顔色が悪くて息が苦しそうだ。
一瞬のこと。どういうことだろう?
あの女性は……確か、王様の一番の愛妾だ。
私はアズラル様を支えて部屋のソファーに座らせる。
以前のように背中を撫でて、温かい飲み物をいれ、症状が落ち着くのを待つ。
「大丈夫ですか……?」
アズラル様が、脂汗をにじませ頭を抱えている。
「あの……あの女……」
さっきの愛妾のことだろうか?
アズラル様が最も苦手とするタイプの女性。
「俺は……あの女が気持ち悪い」
アズラル様は、いつも「私」と自称する。
こんな激しい言い方をするのを初めて見た。
たぶん、素のアズラル様なのだろう。
背中をさすりながら、私は尋ねた。
「あの人に、何かされたのですか?」
アズラル様は、自分のシャツの胸元を握っている。
汗で湿ったシャツはシワシワだ。
「あの女……昔から、隙があると俺の体を撫でまわした。父上の前でも……」
アズラル様は、記憶が戻ってしまったのか、真っ青でガクガク震えている。
吐き気もあるようだ。
何てことだろう……。アズラル様の心の奥の傷。
あの愛妾は、十年以上権勢を誇っていると聞いた。
そんな幼い頃から……。
皆が寄ってたかって、アズラル様の地位や財産に群がる。
たった一人で、それに耐えなければいけない。
高貴な方は、「紫の檻」に閉じこめられていると言う。
皆は、その地位や名誉を羨ましいと思っている。
でも、何て、お気の毒なんだろう。
私は、発作が落ち着くまで、アズラル様の背中をさすりながら抱きしめていた。
◇
隣国、クロマ公国から、親善使節団が我が国タンライトに訪れた。
国王様がご病気のため、アズラル様が対応される。
歓迎の儀から晩餐会まで、心のこもった立ち振る舞いは、使節団の方も感激されているようだった。
晩餐会の後は、演劇観覧となった。
広間に仮設舞台が設置された。
私は、医師助手としてアズラル様のご様子を確認するために、一緒に観劇することが認められた。
城下町で人気の劇団を招聘していたため、役者たちも実力があり、手に汗握る見事なお芝居だった。
物語は、ある国の王女が隣国の王のもとへ輿入れするところから始まる。
姫の母上が、愛がない結婚を控える娘を心配し、夫となる王と飲むように媚薬を持たせる。
でも姫は、誤ってお付きの騎士と飲んでしまい、二人は恋に落ちる。
そんな切ない恋の物語。
身分違いの二人が何度も引き離されながら、命をかけ、愛を貫く。
私は、あまりお芝居を観たことがなくて、仕事を忘れて没頭しそうになる。
いけない、と気付いて、アズラル様の横顔を見つめる。
舞台効果の灯りに照らされ、アズラル様の紺碧の瞳が揺らめいていた。
◇
お開きになったあと、お疲れのアズラル様の手のマッサージをする。
「……媚薬で恋に落ちるってのは、どうだろうな」
私が握っている自分の手をじっと見ながら、アズラル様はぼそりと呟いた。
アズラル様は、最近は人前でますます無理をしているように見えてしまう。
即位が見えているからだろうか。
少しでも心が休まる時間があればいいのだけれど。
「パルは、許されると思うか……? 自分に興味がない異性に媚薬を使うこと。例えば、あの物語では、媚薬がなければ姫は騎士の存在にも気付かなかったのに、恋に落ちた。それは本物の愛なんだろうか」
私は、少し考えて答えた。
「そうですねえ。媚薬で本人の意思が無視されるのは良くないですよね」
「そうだよな……」
アズラル様は、私の表情を観察するようにじっと見つめる。
「でも本当の愛が芽生えるきっかけなら良い気がします。それも運命だったのかもしれません」
「そうか……」
最終回まで4話
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