紺碧の接吻 ― 蒼い瞳の王子アズラルと仮初めの婚約
①花嫁探し会場潜入
ここは、王子様の花嫁探しの舞踏会。
我が国タンライト王国の王太子様はアズラル・ストーム殿下。
御年十九歳。
私は、パル・マーレ。十七歳。
年齢だけなら適齢期なのかもしれない。
でも、花嫁を目指してきたわけじゃない。
――泥棒をしに来たのだ。
一昨年に他界した父は、かつて男爵だった。
王室には、使用人として潜入を目指していた。
でも手に入ったのは、花嫁探し舞踏会への招待状。
それでもここに参加できるのは、一時期に男爵令嬢だった恩恵だ。
もし今回盗みが果たせなくても、改めて使用人採用への縁故ができたらいいなと、そんな目的で来た。
今も昔もお世辞にも家が豊かではないので、今回のドレスの調達も大変だった。
家中をひっくり返し、古いドレスをどうにか補修して、ようやく身に通した。
ドレスというより、ワンピース。
髪も自分で適当に済ませた。
お化粧道具もろくにないので諦めた。
花嫁候補なんて恐れ多い。
王宮に馬車で乗り付けるお嬢様方は、それはそれは眩しくかぐわしかった。
色とりどりのドレス。大きなリボンが流行なのかな。
私の姿を見て、「まさか、あの粗末な娘も花嫁候補なの?」「えー、使用人でしょ」と侮蔑的に嘲笑する人もいる。
少し恥ずかしかったけれど、使用人だと思われるなら、その方が動きやすくて都合が良い。
私は、とにかく目立たないように努めた。
まずは一階。入口から偵察。王宮の部屋のつくりを暗記していく。
そして、警備の位置。今日は特別多いのかもしれない。
迷ったふりでそっと二階への階段を上がろうとしたけれど、やはり警備に止められた。
まあ、泥棒目的なんだから当然かもしれない。
舞踏会の会場から、キャー!っと黄色い声が上がるのが聞こえた。
何事か分からずぼんやり立っていると、「アズラル様!」と叫びながら走り出したドレスの女性に突き飛ばされた。
壁に激突しそうになるところを、何とか持ちこたえた。
そっと騒ぎの方を覗いてみる。
人の輪の中央にいるのが、おそらくアズラル殿下。
人垣のすき間からしか見えないけれど、金髪碧眼。
金糸銀糸の刺繍の入った白いジャケット。
絵に描いたような王子様だと感じた。
(困ったなあ。できることがない)
働いている人たちに仕事がないかと聞いてみたけど、皆忙しそうで相手にもしてもらえない。
手を振って追い払われる。
昔、渋々ダンスの練習はしたけれど、ほぼ忘れたし、そもそも好きじゃない。
静かに本を読んでいたい。
手持ち無沙汰でウロウロしていると、「パル嬢ちゃんか?」と声を掛けられた。
「あ……ムーナ様……」
「久しぶりだのう」
ムーナ様は、父が宮廷医をしていたころの同僚だ。
六十代に乗った頃だろうか。有能な人格者。
かつては、よく自宅までおいでになったことがある。
父の葬儀にも顔を出してくださった。
「お父上が亡くなって、今はどうしておられる?」
ムーナ様は優しい瞳で覗き込まれた。
「母の実家に引っ込みました」
「そうか。お父上は素晴らしい方だったなあ。私も大いに勉強させてもらったのだが……」
ムーナ様は、頭をぺちぺちと撫でた。
ムーナ様は王立医学校出身で、宮廷医総監。間違いなく生粋のエリートだ。
本来はそうじゃないと王室には入れない。
そんな方に農村医だった父が褒めてもらえるなんて、グッと胸に詰まる。
私にとっても、父は誇りだった。
人のために尽くし続け、爵位も受けた。
……でも、王室から宝石を盗んだ。
いっそ宮廷医なんかにならなければ、大それた罪を犯すこともなかったのかもしれない。
その罪が、全ての功績を無にするものなのかどうかは分からない。
「花嫁になりに来たのかね?」
ムーナ様が、私の服に目を向ける。しっかり見られると恥ずかしい。
「いえ……私は……」
「アズラル様も、そろそろ時間だ」
ムーナ様は時計を見る。
「……時間?」
私は首を傾げる。
ムーナ様が守衛になにやら声を掛ける。
守衛数人が舞踏会の中に入り、殿下を囲んで外へと連れ出した。
女性たちからは落胆の声が上がる。
アズラル殿下は前を通る時、ムーナ様に目配せをした。
心なしか、顔色が悪い。
ムーナ様に尋ねる。
「……どうかされたんですか?」
ムーナ様は悲しげに首を振る。
「パル嬢ちゃんは、お父上の仕事を手伝っていたね」
「はい、地元でですが。王宮に入ったことはありません」
「ついてくるかね?」
私は頷いて後を追った。
先ほどは通れなかった階段も、ムーナ様と一緒ならば簡単だ。
何だか不思議な感じがする。
二階奥の部屋に着くなり、アズラル殿下はソファに倒れこむ。
顔色が真っ青だ。
脂汗がにじんで、咳も止まらない。
ムーナ様が脈を取ったり、熱を測ったりしている。
私は、苦しそうな姿を見るに見かねて王子様の背中をさすった。
失礼かもしれないが、緊急事態なら許されるだろう。
それでも咳は激しくなるばかりで、次第に引きつけを起こしたような過呼吸に陥っていく。
私は言った。
「吸おうとしないで。苦しいけれど大丈夫です、ちゃんと空気は入りますから。口をすぼめて。そこから細く、ゆっくりと、中の空気を全部吐き出すことだけ考えてください。……そう、上手ですよ。そのまま……」
だんだん呼吸が整っていく。
良かった……。
あとは、温かい飲み物と、濡らした布で首や頭を冷やそう。
ムーナ様が感心したようにうなった。
「パル嬢ちゃん、さすがだな」
「いえ……似たような症状の方をお世話したときに学びました」
……それにしても、羨望の頂点にいる王子様が、急にこんな苦痛に満ちた状態になるとは……。
あれ……?
「ムーナ様は、想定されていたのですか?」
ムーナ様は、困ったように頭を撫でる。
「ああ……私は、アズラル様を子どもの頃から見てきたからね」
(……どういうことだろう?)
王子アズラル編です。最終回まで12話
毎日21時投稿します。よろしくお願いいたします。




