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豪商アンバーと危険な取引5(完)

挿絵(By みてみん)

⑤黄昏の約束


「待たせて悪かったな。せっかく一人いなくても……とか格好つけたのに、全然だったな」


アンバーさんは、外に出て苦笑いしていた。


「アンバーさんが、組織に必要な人だって、よく分かりましたよ」


そんな話をしながら、歩く。

町はずれにアンバーさんの目的地はあった。

古びた石造りの二階建て。

屋根は赤茶けた瓦で、ところどころ苔が生えてる。中に入ると、


「お兄ちゃん!」


五歳くらいの男の子が飛んできた。

せがまれたアンバーさんが肩車をする。


「ここは……」


私が尋ねる。


「孤児院だ」


アンバーさんが言った。

私は、よちよち歩きで手を伸ばして近付いてきた一歳半くらいの女の子を抱っこした。

他にも数人の子どもがいて、かわるがわる抱っこしたり、アンバーさんも絵本を読んであげたりして楽しそう。


責任者らしき高齢の男性が、エプロンをしたまま、後ろから顔を出した。

どうやら、裏で食事を作っているらしい。

ニコニコしている。


「アンバー君かあ。よく来たね」


「こんにちは」


アンバーさんはにこっと返した。


「どうしたんだい。その顔は」


「ちょっと、喧嘩しました」


アンバーさんが恥ずかそうに笑った。


「まあまあ、君は、自分から手を出すタイプじゃないから、何か原因はあったんだろうね」


男性は、相変わらずニコニコしていた。


「こちらのお嬢さんは?」


男性は私に言った。


「あの……パル、と申します」


「ほう……。私は、サンドだよ。この孤児院の責任者だ。アンバー君が女性にモテるのは知っているが、女性を連れてくるのは初めてだねえ。それに雰囲気が……」


サンドさんが、私の顔をじっくりと見て誰かを思い出しているような表情をした。


「いやいや、全然モテないですよ」


私は、アンバーさん謙遜してるなあ、と思った。昨日見ていただけでも、財産関係なくモテると思う。

アンバーさんが、サンドさんに尋ねた。


「先月届けさせた小麦は、まだ足りてますか? 薪は?」


「ああ、お陰でどっちも潤沢だよ」


「小麦は、今年は冷害で供給が不安定だから、備蓄しておいた方がいい。次は来月頭に倉庫から回します。湿気には気を付けて」


「ああ、分かったよ。アンバー君、いつもありがとうなあ」


サンドさんが笑顔で、元気な子どもたちを眺めながら答えた。


「あの……私、お手伝いします」


私は、裏へ入れてもらった。

急だから、私は洗い物が主だったけど、サンドさんとお話しながら昼食の準備をする。


「アンバーさんのこと、昔からご存知なんですか?」


「うん。アンバー君はここの出身なんだ。彼のお陰で運営が成り立ってる。子供たちも腹を空かせずにすんでるよ」


外の姿を見ているだけじゃ、その人を本当に理解するのは難しいんだなと改めて知った。


賑やかな昼食の後、お洗濯を手伝った。

子どもたちと一緒に明るい空の下。

大変だったけど、気持ちが良かった。


建物の雨どいが壊れていて、アンバーさんは年長の子どもたちにやり方を教えながら器用に修理していく。商会とは違う、屈んだ優しい視線。


「教えておけば、俺がいなくてもできるだろ」


なんて言っていた。


子どもたちがお昼寝をはじめ、私たちは、そっと孤児院を出た。


「ちょっと付き合ってくれ」


そう言って、アンバーさんが軽い足取りで孤児院の裏の道を進んでいく。


――そこは、墓地だった。

申し訳程度に石塀に囲まれているが、ほぼ草地。

アンバーさんが小さな石の前で足を止めた。

名前があるわけでもない、手のひらに載るくらいの石。


「……あんまり、来れなくてな」


風が吹いて、アンバーさんの髪と、琥珀色の瞳が揺れた。


「妹の……セレナの墓だ」


(ああ……)私は思った。アンバーさんがうなされながら呼んでいた名前。

きっと、あのくまの人形の持ち主……。

お金がいくらあっても、買えないもの……。


「俺たちは、気付いたら孤児だった。サンド先生は優しかったけど、あの孤児院もほんと金がなくてなあ。……医者に見せてやれる金があったらって、ずっと思ってた」


「何歳だったんですか?」


「……五歳」


アンバーさんが、石を優しく撫でた。

私は、胸の奥がつかえた。


「生きてれば……君と同じ年だった」


ぽつりと零れた言葉に、涙腺が刺激される。

私も、父が死んで二年。まだ全然越えられていない。


「パルちゃんが、半分パンを割っただろう? それで大きい方を俺に渡してきた。妹もあんなことしてたなあって、思い出してさ……。それで、いつも俺に譲ったあと、得意げに笑ってたな、とか、逆に好物の甘いものは、ねだって来たなとか……」


アンバーさんが屈んで、私の手を取った。


「あの時から、俺は、勝負に負けてた……貰ったよ、欲しかったもの」


私の手に、ポケットから出した指輪を置いた。

キラリと金色に輝く指輪。

すり減った場所や、傷がある。

昨日、守って戦ってくれた時の背中を思い出した。

実際の重さより、ズシリと重い気がした。

簡単に貰って良いものじゃないことは間違いない。私は何も引き換えになるようなことはしていない。


「アンバーさん、でも……でも、私……」


返そうとした私の手を、アンバーさんが優しく制した。


「……まあ、ただの指輪だ。俺にとってはな。君が、これを必要とする目的は、相当なことなんだろう」


私は、アンバーさんに、思わず全部聞いてほしくなってしまった。

でも、アンバーさんは聞いても困るかな……。

指輪を手のひらに載せたまま、私は唇を噛んだ。


「あ、ちなみに指輪を誰かにやるのは、初めてだからな」


私のアンバーさんが、明るく言って、俯いた私の額を人差し指でチョンとつついた。


「……ありがとうございます」


額に手を当てて、私は顔を上げた。


「帰ろうか」


アンバーさんは、フッと笑った。


別れるとき、アンバーさんが、温かい大きな手で私の頭を撫でて言った。


「また、いつでも……スープでも作りにきてくれ」


「はい……」


私は、それ以上何も言えなかった。

私は、目を伏せ、踵を返した。

一度、振り返って、アンバーさんの後ろ姿を見送った。


金色の柔らかい髪に、白いシャツの広い背中。

アンバーさんの向こう側に、琥珀色の夕日が沈んでいった。


豪商アンバーと危険な取引5(完)

次回から、王子アズラル編です。アンバーはIF後日談へ続きます。

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