豪商アンバーと危険な取引4
④商人の秘密
夜の間に、何度かアンバーさんの傷を冷やす布を取り換える。
眠ったまま、痛みをこらえているだろうアンバーさんが
「セレナ……」
小さな声で呟いた。
その表情は、何故か酷く幼く見えた。
明け方、アンバーさんのベッドの横で、少しうとうとしてしまう。
大きな手が、頭を撫でてくれているのが気持ち良かった。
「あ!」
ハッとして目が覚めると、アンバーさんが笑いながら覗き込んでるのと目が合った。よだれを拭って、飛び起きる。窓から白い朝日が差し込んでいる。
「起きたか。寝顔、可愛かったぞ」
アンバーさんが、わざとらしく目を細める。
恥ずかしくなって、手櫛で髪を整えて、シワシワになった衣服を正す。
「アンバーさん、痛みはどうですか?」
私は、尋ねる。
アンバーさんが手を閉じたり開いたりして
「まあまあかな」
と言った。
アンバーさんはそうは言うけど、あざが変色しているから昨日より痛々しい。
「仕事どうすっかなあ」
鏡を見ながら、悩んでいる。
「痛みだけならいいけどな、さすがにこれじゃなあ……」
「私のせいで、すみません……。商会の会主さんなんでしょう? とても忙しそうですね。そうそうお休みできないんでしょうか?」
私が尋ねると、アンバーさんはニヤッと笑った。
「まあ、忙しいけど。誰か一人いないと回らない組織は、二流なんだよ」
そういうものだろうか。私は組織運営に関わったことがないから、分からない。
近くのお店で傷薬と材料を調達し、台所を借りて、スープを作った。
「お口に合わないかもしれないですが……」
私は、スープを出した。端切れ野菜の質素なスープ。
お金持ちには物足りないかもしれないけれど、味見したら野菜のうまみは出ていると思う。
アンバーさんは、一口食べて言った。
「懐かしいな……」
「懐かしい?」
「最近は、外でばっかり食ってたから、こういうの忘れてた」
アンバーさんは、少し遠い目をした。
「俺は、貧しい生まれだったからな……この何倍も薄かったぞ」
「そうなんですね……」
私も、父と貧しい人たちを見てきた。
それで若くして大陸商会の会主なんて、さぞ苦労されただろうし、優秀だったのだろう。
私は部屋を見回した。
ずっと気になっていた。
「家具……少ないですよね」
「家には寝にしか帰らないからな」
「でも……」
宝飾品に目をやる。何だかとてもアンバランス。
「それは、商売道具なんだ。大きな取引には、ハッタリも必要なんだよ。持ってる人間はそれだけで安心感を与える」
そして、ずっと気になっている、少ない家具の上に唯一ポツンと置かれている小さなくまの人形。
お金があっても、手に入らないもの……それについてはまだ聞いてはいけない気がした。
琥珀色の瞳は、まるで何かを閉じ込めているようだった。
光も、痛みも、そして切ない思いも。
「今日は、休みにするか。これじゃ、客も引くだろ」
自分の顔の傷を見ていたアンバーさんは、結局、そう決めたらしい。
商会宛に何か手紙を書いて、使いの人に頼んでいた。
アンバーさんが、窓から青い空を見上げながら
「気分転換に出かけるか」
と言った。
「私も行っていいんですか?」
私が尋ねると
「何も面白いことはないけどな」
アンバーさんは小さく笑った。
今日のアンバーさんは、アクセサリーもつけず、白いシャツにシンプルな恰好だった。
顔の腫れが痛々しいけど、髪を下ろし、爽やかなお兄さんといった感じで、昨日のギラギラ感と別人みたい。
いざ、家を出ようとした時、
「お頭!」
黒髪の男性が転がるように走って来た。アンバーさんと同じ年くらいかな。肌がとても焼けていて、元気そう。
「ジルコ……わざわざ来たのか。指示書は送っただろ」
「でも、お頭……今日の取引は……って、なかなかヒドイっすね顔……」
なかなか愉快そうな人。
「だから、そう書いただろ。今日は他の人間でやってくれ」
アンバーさんが言う。
ジルコさんは、私の方を見た。
「この嬢ちゃんは……」
と言われたので、私は
「パルです」
と挨拶した。
アンバーさんがジルコさんを紹介してくれる。商会立ち上げ前からの弟分なんだそう。
ジルコさんは
「珍しいタイプですねえ」
と私を上から下まで眺めた。
アンバーさんが「昨夜、酒場でナンパされてさ」なんて言って、ジルコさんは「さすがお頭っす!」と心から尊敬している雰囲気。私は、もう否定しなかった。
アンバーさんは、苦笑いして、私に合図を送った。
「ごめんな嬢ちゃん、ちょっと待っててくれ」
私は、頷いたけど、ジルコさんは、涙目でアンバーさんにすがる。
「でも、お頭~今日は軍需局と新装備取引の顔合わせっすよ!」
「だからこの顔じゃ行けないんだろ」
「お頭、大丈夫です! 怪我してても、俺よりモテますよ。女放っておかないくらいイケてますって!」
「相手は男だろ……ってもういいわ」
アンバーさんは、私に言った。
「嬢ちゃんごめん。一回職場に寄る」
「気にしないでください」
私は、アンバーさんのお仕事に興味があったし、商会の中を見てみたかったから楽しみにしてついていった。
◇
数日前から、大陸商会の外はウロウロしていたけれど、中に入るのは初めて。
外から見ても立派だけど、中はまたすごかった。
大理石をふんだんに使った立派な建物。
めいめいに動き回る多くの人々に圧倒される。インクや香辛料など嗅いだことがない匂いがする。
外国の人なのか、変わった服装の人も多くて、とにかく賑やかだった。
入るとすぐ大きなカウンターがあって、紙の束を抱えた人たちが並んでいる。
アンバーさんに気付くと、みな明るく話しかける。
「おや~、大将どうしました? 女にやられた? だから相手は選べとあれほど……」
相手の、上等な上着の男性が、泣く真似をする。
「うるせー。オスカー、仕入れ減らすぞ」
アンバーさんが手を振る。
後ろについて歩く私を見て
「おやおや、守備範囲広がりましたね」
なんて言う人もいて、アンバーさんは「本命なんだよ」とか言いながら私の肩を抱き寄せて見せる。
通路にも、地図や何か数字が書いてある紙が所狭しと貼ってある。
階段を三階まで上がる。
三階は途端に静かで、部屋の扉は分厚く、警備員が立っていた。
中には鎧の図面や武器の設計図が並んでいる。
窓から見ると、裏には大きな倉庫があるようだった。
多くの屈強な男性たちが大きな穀物の袋を抱えて行ったり来たりしている。
三階でもアンバーさんはすぐ話掛けられる。
「北の鉱山への追加出資の件はどうしましょう」
「一年寝かせるって話したろ」
「給与も未払いになって、どうしてもと頭を下げに来られています」
「……出資じゃだめだな。帳簿と改善計画書を出させろ」
あとは鉄だの港だの師団だの、私には分からない言葉ばかりだった。
とても忙しい光景だけど、アンバーさんは生き生きしてたし、皆が楽しそうに働いているように見えた。
アンバー編あと1話です。
毎日21時投稿します。




