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豪商アンバーと危険な取引3

挿絵(By みてみん)

③暴漢と救出


アンバーさんの支払いの金額が大きくて驚いた。

あのお姉さん達の飲食代も入っているのだろう。

私は自分の代金を払うと何度も言ったのだけど、アンバーさんはどうしても受け取ってくれなかった。


お店を出る時、店員さんが


「この辺、最近ヤバいの多いから気を付けて」


と言って見送ってくれた。



「で、嬢ちゃんは、これからどうするんだ?」


アンバーさんが店の前で言った。


「あ……えっと……」


気付いたら、辺りはかなり暗い。

宝石を探すのに必死で、考えてなかった。

自宅は農村なので、最近は一時的に親戚の家に間借りしている。

この時間に帰れるだろうか。

帰れなければ、安宿を探すしかない。


その考えを読んだのか、アンバーさんが、


「俺の家、泊まってくか?」


と建物を指差した。

私は、ギョッとする。

初対面の男性の家に、泊まるなんてできない。


「けっ、結構です! 帰ります!」


「そうか」


アンバーさんは、私の慌てっぷりが面白そうだった。

まだ何か言いたそうに、しばらく私を黙って見つめていたけれど、


「じゃあ、気をつけてな」


と手を振って踵を返した。



私も、どこから帰ろうかと思いながら、何となく近道じゃないかと思った路地に入った。

少し奥に入っただけなのに、こんなに暗くて人通りもないとは思わなかった。

ゴミが散乱していて、どこからか、ピチョン、ピチョンと水が落ちる音さえはっきり聞こえる。


しまった……うっかり変な場所に入ってきてしまった。

宝石のことばかり考えていたのと、初めての場所なのと、早く帰らなければと焦ったせい。

治安が悪いところの生活にも慣れてたはずだったのに。


引き返そうとすると、二人の男性が目の前に立ちふさがった。


「お嬢ちゃん、一人~?」


一人は頭を半分刈り上げていて、もう一人の人はスキンヘッド。

店員さんの言ってた「ヤバい」という言葉が頭に灯る。

二人とも、もう冬になるというのに、刺青と筋肉を見せるような薄着だった。


「遊んで行かない?」


「いえ……結構です!」


私は、逆方向を向いたが、そちらにも先回りされた。

二人の大きな男性に囲まれている。

ドッ、ドっ、ドッと、心臓が危機を告げる。

周囲に助けを求めようとしたが、通行人が見当たらない。


男性に、ガシっと腕を掴まれ、引きずられる。


「た……助け……て…」


声を出そうとしたけれど、口を塞がれた。もうだめ……。

そう思った瞬間、バキっ、大きな音がした。

目を開けると、見覚えがある毛皮が見えた。


アンバーさんだった。


「下がって」


そう言って、私を庇うように前に立った。

男の拳を避け、アンバーさんの拳が顎に叩き込まれる。

ガキっと鈍い音がした。


「グフっ」

男の口から声が漏れた。

アンバーさんの指輪が、相手の歯に当たったようだ。

相手の男は、口を押えてうめいている。

手のすき間から血が流れ出る。


もう一人が叫びながら、両手を広げてアンバーさんに飛び掛かった。

アンバーさんが足を振りかぶって相手の顔を蹴り上げ、腹に拳を入れた。

アンバーさんは、私を背にかばいながら動いているのに、とても強かった。

相手の急所を明確に狙っていて、喧嘩慣れしている感じがした。


でも、相手が巨大な二人だから、完全に無傷ではいられない。

正気を取り戻した私は、大きな声を出した。


「誰かー!! 誰か来てー!!」


ざわざわと人が集まってくる。

近くにあった建物にも灯りがついて、明るくなった。

男性二人は、慌てて逃げて行った。

ゼエゼエと片膝をついて息をしているアンバーさんに、私は走って近寄る。


「大丈夫ですか!?」


アンバーさんの顔や、腕、お腹に傷ができていた。シャツも破れている。


「す……すみません! ありがとうございます!」


私が慌てると、アンバーさんは、顔に手を当てたまま立ち上がった。


「いや……場所柄、想像ついてたのに、一人にした俺が甘かった」


アンバーさんの家。怪我をしたアンバーさんを支えて帰って来た。

そこそこ広いけど、がらんとして、ほとんど家具がない。

アンバーさんの職場、大陸商会の会館を思い出す。

とても大きくて立派な建物だった。

その会主と聞いたから、もっと絢爛豪華な豪邸に住んでいるのかと思っていた。


それより、早く傷の手当てをしなければ。

まずは傷を洗浄して、泥や血を洗い流した。

アンバーさんの目元が切れて、赤い血の筋が頬を伝って涙のように流れている。

口元も切れている。


「じっとしててくださいね……」


気を付けてぬぐう。

指輪には相手のものらしき血がべっとりとついていた。

相手もかなり痛かったに違いない。

殴ったアンバーさんの手も捻挫、脱臼している可能性があったので、アクセサリーを全てはずして、様子を見る。

脇腹も殴られたみたいであざになっている。


「不覚を取ったな……」


アンバーさんは悔しそうだ。


「アンバーさんとても強いんですね」


「商売は、まっとうな相手ばかりじゃないからな」


「本当にご迷惑お掛けしてすみません。しかも、私を追って来てくださったのですか?」


「まあねえ。最悪を想定して動くのが商人の鉄則だ。……間に合わなきゃ意味ないが」


アンバーさんは話しながら、うめいてお腹を押さえた。相当痛いのだろう。

冷やせるところは冷やすけれど、薬がないのが気になった。

夜だから今日は諦めるしかない。


「パルちゃん慣れてるんだな」


私の手当てを見ながら、アンバーさんが呟いた。


「父が医者で、ずっと手伝っていましたので」


私は答えた。


「そうか……。医者か……じゃあ、本当にお嬢なんだな」


「そんなことないですよ。父は、困った人からはあまり治療費も受け取らなかったから」


「聖人か……」

アンバーさんは、何かを思い出しているような顔をした。


「見てますから、寝てください。明日は、薬を調達します」


頭を打っている可能性もある。

私は、アンバーさんのベッドの横に腰掛けて一晩見守ることにした。


「……一緒に、寝るか?」


アンバーさんが、私を横目で見ながら自分の胸の上を、ポンポンと叩いた。


「いやいや、駄目ですから!」


「遠慮しなくていいぞ。ちょっと痛いから、あんま無理できないけど」


アンバーさんがにやりとしながら、私に手を差し出す。

低くて掠れ気味の声。ちょっと……何て言うか、絶対危険。

私がボッと赤くなると、


「ミルクちゃんにでも通じたか」


なんて言いながらアンバーさんはクスクス笑っている。


「アンバーさん、からかってるでしょ! いいから、寝てください!」


私は、アンバーさんの手を押さえてベッドに戻す。

アンバーさんは、ふと思い出したように言った。


「あれ……寝てる間に持って行っても文句言わねえよ」


さっき外した指輪。

本当は、少し気になってはいた。

正直、ちょっと揺らがなくはない。

でも、助けてもらって、寝首をかくようなこともしたくない。

何度も泥棒してきて、今更だとは自分でも思うけれど。


「勝負ですから、盗りませんよ」


私が言い切ると、アンバーさんは微かに笑って目を閉じた。


格好つけたけれど、アンバーさんの『一番欲しいもの』なんて、見当もつかないし、分かることがあるのかな?

私は、静かに寝息を立てるアンバーさんの彫りの深い横顔を見つめた。


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