豪商アンバーと危険な取引3
③暴漢と救出
アンバーさんの支払いの金額が大きくて驚いた。
あのお姉さん達の飲食代も入っているのだろう。
私は自分の代金を払うと何度も言ったのだけど、アンバーさんはどうしても受け取ってくれなかった。
お店を出る時、店員さんが
「この辺、最近ヤバいの多いから気を付けて」
と言って見送ってくれた。
◇
「で、嬢ちゃんは、これからどうするんだ?」
アンバーさんが店の前で言った。
「あ……えっと……」
気付いたら、辺りはかなり暗い。
宝石を探すのに必死で、考えてなかった。
自宅は農村なので、最近は一時的に親戚の家に間借りしている。
この時間に帰れるだろうか。
帰れなければ、安宿を探すしかない。
その考えを読んだのか、アンバーさんが、
「俺の家、泊まってくか?」
と建物を指差した。
私は、ギョッとする。
初対面の男性の家に、泊まるなんてできない。
「けっ、結構です! 帰ります!」
「そうか」
アンバーさんは、私の慌てっぷりが面白そうだった。
まだ何か言いたそうに、しばらく私を黙って見つめていたけれど、
「じゃあ、気をつけてな」
と手を振って踵を返した。
◇
私も、どこから帰ろうかと思いながら、何となく近道じゃないかと思った路地に入った。
少し奥に入っただけなのに、こんなに暗くて人通りもないとは思わなかった。
ゴミが散乱していて、どこからか、ピチョン、ピチョンと水が落ちる音さえはっきり聞こえる。
しまった……うっかり変な場所に入ってきてしまった。
宝石のことばかり考えていたのと、初めての場所なのと、早く帰らなければと焦ったせい。
治安が悪いところの生活にも慣れてたはずだったのに。
引き返そうとすると、二人の男性が目の前に立ちふさがった。
「お嬢ちゃん、一人~?」
一人は頭を半分刈り上げていて、もう一人の人はスキンヘッド。
店員さんの言ってた「ヤバい」という言葉が頭に灯る。
二人とも、もう冬になるというのに、刺青と筋肉を見せるような薄着だった。
「遊んで行かない?」
「いえ……結構です!」
私は、逆方向を向いたが、そちらにも先回りされた。
二人の大きな男性に囲まれている。
ドッ、ドっ、ドッと、心臓が危機を告げる。
周囲に助けを求めようとしたが、通行人が見当たらない。
男性に、ガシっと腕を掴まれ、引きずられる。
「た……助け……て…」
声を出そうとしたけれど、口を塞がれた。もうだめ……。
そう思った瞬間、バキっ、大きな音がした。
目を開けると、見覚えがある毛皮が見えた。
アンバーさんだった。
「下がって」
そう言って、私を庇うように前に立った。
男の拳を避け、アンバーさんの拳が顎に叩き込まれる。
ガキっと鈍い音がした。
「グフっ」
男の口から声が漏れた。
アンバーさんの指輪が、相手の歯に当たったようだ。
相手の男は、口を押えてうめいている。
手のすき間から血が流れ出る。
もう一人が叫びながら、両手を広げてアンバーさんに飛び掛かった。
アンバーさんが足を振りかぶって相手の顔を蹴り上げ、腹に拳を入れた。
アンバーさんは、私を背にかばいながら動いているのに、とても強かった。
相手の急所を明確に狙っていて、喧嘩慣れしている感じがした。
でも、相手が巨大な二人だから、完全に無傷ではいられない。
正気を取り戻した私は、大きな声を出した。
「誰かー!! 誰か来てー!!」
ざわざわと人が集まってくる。
近くにあった建物にも灯りがついて、明るくなった。
男性二人は、慌てて逃げて行った。
ゼエゼエと片膝をついて息をしているアンバーさんに、私は走って近寄る。
「大丈夫ですか!?」
アンバーさんの顔や、腕、お腹に傷ができていた。シャツも破れている。
「す……すみません! ありがとうございます!」
私が慌てると、アンバーさんは、顔に手を当てたまま立ち上がった。
「いや……場所柄、想像ついてたのに、一人にした俺が甘かった」
アンバーさんの家。怪我をしたアンバーさんを支えて帰って来た。
そこそこ広いけど、がらんとして、ほとんど家具がない。
アンバーさんの職場、大陸商会の会館を思い出す。
とても大きくて立派な建物だった。
その会主と聞いたから、もっと絢爛豪華な豪邸に住んでいるのかと思っていた。
それより、早く傷の手当てをしなければ。
まずは傷を洗浄して、泥や血を洗い流した。
アンバーさんの目元が切れて、赤い血の筋が頬を伝って涙のように流れている。
口元も切れている。
「じっとしててくださいね……」
気を付けてぬぐう。
指輪には相手のものらしき血がべっとりとついていた。
相手もかなり痛かったに違いない。
殴ったアンバーさんの手も捻挫、脱臼している可能性があったので、アクセサリーを全てはずして、様子を見る。
脇腹も殴られたみたいであざになっている。
「不覚を取ったな……」
アンバーさんは悔しそうだ。
「アンバーさんとても強いんですね」
「商売は、まっとうな相手ばかりじゃないからな」
「本当にご迷惑お掛けしてすみません。しかも、私を追って来てくださったのですか?」
「まあねえ。最悪を想定して動くのが商人の鉄則だ。……間に合わなきゃ意味ないが」
アンバーさんは話しながら、うめいてお腹を押さえた。相当痛いのだろう。
冷やせるところは冷やすけれど、薬がないのが気になった。
夜だから今日は諦めるしかない。
「パルちゃん慣れてるんだな」
私の手当てを見ながら、アンバーさんが呟いた。
「父が医者で、ずっと手伝っていましたので」
私は答えた。
「そうか……。医者か……じゃあ、本当にお嬢なんだな」
「そんなことないですよ。父は、困った人からはあまり治療費も受け取らなかったから」
「聖人か……」
アンバーさんは、何かを思い出しているような顔をした。
「見てますから、寝てください。明日は、薬を調達します」
頭を打っている可能性もある。
私は、アンバーさんのベッドの横に腰掛けて一晩見守ることにした。
「……一緒に、寝るか?」
アンバーさんが、私を横目で見ながら自分の胸の上を、ポンポンと叩いた。
「いやいや、駄目ですから!」
「遠慮しなくていいぞ。ちょっと痛いから、あんま無理できないけど」
アンバーさんがにやりとしながら、私に手を差し出す。
低くて掠れ気味の声。ちょっと……何て言うか、絶対危険。
私がボッと赤くなると、
「ミルクちゃんにでも通じたか」
なんて言いながらアンバーさんはクスクス笑っている。
「アンバーさん、からかってるでしょ! いいから、寝てください!」
私は、アンバーさんの手を押さえてベッドに戻す。
アンバーさんは、ふと思い出したように言った。
「あれ……寝てる間に持って行っても文句言わねえよ」
さっき外した指輪。
本当は、少し気になってはいた。
正直、ちょっと揺らがなくはない。
でも、助けてもらって、寝首をかくようなこともしたくない。
何度も泥棒してきて、今更だとは自分でも思うけれど。
「勝負ですから、盗りませんよ」
私が言い切ると、アンバーさんは微かに笑って目を閉じた。
格好つけたけれど、アンバーさんの『一番欲しいもの』なんて、見当もつかないし、分かることがあるのかな?
私は、静かに寝息を立てるアンバーさんの彫りの深い横顔を見つめた。




