豪商アンバーと危険な取引2(漫画1コマあり)
②酒場の駆け引き
でも、私には大切な目的がある。
拳を握って覚悟を決める。
女性が、テーブルに戻ったのを見て、席を立った。
リンゴジュースを握って、アンバー様の横に立つ。
「あ……あのっ……」
声が震える。
アンバー様が、私のつま先から頭まで眺めて驚いている。
くたびれた靴が急に恥ずかしくなった。髪も簡単に結んでいるだけで、パサパサ。お化粧もしてない。
「……何だい? ミルクちゃん」
「ミルク……? 私、パル・マーレです。あの、ご一緒したくて……」
かちこちになった体で、アンバー様の隣に座る。
アンバー様が、プッと息を吹き出して、笑った。
「珍しいナンパだな」
「ナっ……」
そんなつもりはなかったけど……。
目を泳がせて赤くなる私に、アンバー様が席を指した。
「どうぞ」
背が高い椅子に苦労して座った私を、アンバー様は面白そうに見ている。
私が持っているグラスを見た。ほとんど空だった。
「これは……?」
「……リンゴ……ジュースです……」
さすがに私も空気が読めた。
アンバー様は、遠慮ない大声でひとしきり笑ったあと、店員さんに言った。
「同じものを」
目の前に、リンゴジュースの新しいグラスが置かれた。
「……ありがとうございます……」
手を伸ばすと、目の前のカウンターにあるパンが目に入った。
そういえば、今日は何も食べてない。
店員さんにお願いする。値段が分からないから手持ちが少し心配だけれど、たぶん一個なら払えるだろう。
「すみません、一つください」
店員さんが、お皿に載せて私の前に置いてくれた。
アンバー様が、相変わらず興味深そうに私を見ている。
私は、パンを二つに割って、大きな方をアンバー様に差し出した。
「どうぞ」
アンバー様は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
その後、苦笑いして手を振った。
「いや、いいよ。嬢ちゃんが食べなよ」
……また空気が読めないことをした気がする。
そうか、アンバー様はさっき食事もしていたし、初対面で失礼だったかもしれない。
私の父は、農村医だった。一時的に男爵になったけど、父の死後、私は、また田舎の家で母と細々と暮らしている。
食べ物を分けて食べるのが当たり前で、習慣になっている。
「で、どうしてナンパしてきたの? ちなみに、俺はアンバー・コーパル」
「な……ナンパじゃないです!」
私は慌てた。
「で。お嬢ちゃん……パルちゃん、いくつ?」
……何か、絶対馬鹿にしている。
「十七歳です」
パンが美味しい。私は、アンバー様の指輪に目をやった。
あれが必要なんだよねえ……。でもそんなこと言えないし。
「……あ、間違いました。ナ……ナンパです。
アンバー様をお見掛けして。かっこいいなって……興味があって……」
「それは、嬉しいね」
アンバーさんは、艶やかに笑った。
「でもさ、”様”とか、貴族でもないし、柄でもないからやめてほしいな。”アンバー”って呼んで。できたら、あま~い声でさ」
琥珀色の瞳がきらりと光る。左手を伸ばして、私の肩を抱き寄せる。淡い香水の香りがした。
筋肉質の胸板に押し付けられる私の頭。ドキッとして、私は飛び跳ねる。
「あっ……あのっ! えっと……アンバー……さん!」
動揺して真っ赤になる私をアンバーさんは間近で眺める。
ランプの灯りがアンバーさんの目の中で揺れている。
耳に息を吹きかけるようにして言った。
「まあ、呼び名はそれでいいけどさ、嘘、言っちゃいけないなあ」
ゾワゾワする。
「興味あるのは、俺じゃなくて、これだろ?」
右手の薬指を私に見せる。
「……」
(何で分かったの?)
私の目が泳ぐ。
「叩き上げの商人を舐めちゃいけないぞ~。毎日、誰が何を欲しいか見極めて生きてんだから」
「……」
何も言えなくなる。
アンバーさんは、すっと目を細めて、私を眺めた。
「何でこれなんだ? 金目当てじゃないんだろう? もっと高いものなら、他にも身につけてる」
アンバーさんは、自分の両手を私の前に突き出す。
確かに、他にも金ぴかの指輪や、バングル、ピアスにネックレス。値段だけ見るなら、私が求めている指輪は劣ってさえ見える。……いや、高価なんだけど。
「正直に言ってみろ~」
アンバーさんは、私をグイグイ抱き寄せて耳元で囁く。
近い体温と、低い声。そしてその圧力。全てに圧倒される。
でも、父のことを、そう簡単に話すわけにもいかない。
「……すみません……言えません……」
唇を噛んで、下を向く。
アンバーさんは、しばらく考え事をしていた。
「じゃあ、俺と勝負して勝ったら、嬢ちゃんにこれをやろう」
「え?」
私は驚いて、アンバーさんの顔を見上げた。透き通った瞳。影のない表情だった。
「何したら良いんですか?」
私は、おずおずと尋ねた。
「そうだなあ……俺が、一番欲しいものと交換だ」
アンバーさんが、にこっと笑う。
私は慌てる。宝石のついた大きな指輪。それに見合うものがあるのだろうか?
「あの……でも、私、あまりお金は……。労働ならできますけど」
アンバーさんが、ふふっと笑った。
「金に、不自由はしてないよ」
確かに、そう見える。じゃあ、何と交換できるんだろう……?
「お嬢ちゃんの大事なもの、貰っちゃおうかな」
アンバーさんの長い指が、ツツッ、と私の腕をなぞる。ゾクッと鳥肌が立った。
「だっ……大事なもの……?」
アンバーさんが、フッと笑って私の耳たぶにチュッと軽いキスをする。
「なっ!」
耳元だから、やけに音が生々しく聞こえて、私は、耳を押えて慌てて椅子から転げ落ちそうになる。
「冗談だ、冗談」
アンバーさんは私を助け起こしながら笑っているけど、私は何が冗談で何が本気なのかも分からない。
この人、ほんと危険だ……。
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