軍人マディラと泥棒娘の見合い特訓5
⑤転属命令と宝石
顔合わせ以降、マディラ様のご縁談は、粛々と進んでいた。
マディラ様のお父様もホッとされているようだ。
いよいよ翌日、正式な申し入れとなる日だった。
マディラ様は、庭で弟君のテオ様と剣を振っていた。
とても力が入っているように感じた。
家を背負う覚悟もあるのだろう。
窓越しに見つめていると、マディラ様が私に一瞬目をやった。
「あ……!」
テオ様が声を上げる。
刃先が、マディラ様の腕に当たったようだ。
「ごめんなさい、兄様……」
テオ様が動揺している。
「いや……俺が、集中できていなかったから」
「マディラ様、手当てを……」
私は、部屋の中に誘った。
◇
マディラ様の部屋。
あまり装飾がない、男性らしい質実剛健な部屋。
軍関係の書籍や、地図、武具なども多く置かれている。
「大丈夫ですか?」
私が傷を確認する。
訓練用の刀だが、擦れて血が滲んでいた。
「ああ」
マディラ様は腕を出して、静かに俯いている。
「明日は大切な日ですから、無理をなさらないで」
手当てされるのを黙って見つめていたマディラ様が、不意に話し始めた。
「実は……マグネタの治安統括の責任者が急病で倒れて、緊急の転属命令が下った」
「え? あの……要塞都市に? マディラ様は大丈夫なんですか?」
マディラ様は、しばらく沈黙した。
それだけでも察するものがある。
「難しい任務だが……異例の抜擢だ。本来なら、もっと戦績と経験を積んだベテランが担うべき役職なんだ」
マディラ様は、私を説得するように話をされる。
「いつからの任務ですか……?」
私の声は震えた。
「……即日」
「じゃあ、ご縁談はどうなるのですか?」
「……セレナ嬢の兄上は私の直属の上司だから、急な話ではあるが、理解して応援してくださっている。セレナ嬢も、待っていると言ってくれているそうだ」
「セレナ様は、マディラ様のことを、本当に思っていらっしゃるのですね」
マディラ様は、視線を下に落とした。
「ありがたい話だが、数年は帰ってくることもないし、治安が悪い場所に連れて行くわけにもいかないから、破談になるだろう。……実は、それでホッとしているんだ。断る方法を考えなくて良い」
「え……?」
(断る……?)
しばらくの沈黙。
マディラ様は、自分の言った言葉の重みを噛みしめるように、一度だけ低く息を吐いた。
そして、迷いを振り切るように背を向け、机の引き出しから小さな箱を持ってきた。
「マディラ様?」
箱を開けて私に見せてくれる。
「これは……」
私が、この屋敷に入った目的のブレスレット。
シルバーの土台に、宝石がいくつかちりばめられている。繊細な作りで、美しい。
……私が狙っていたもの……。
「母が、未来の私の妻へと用意したものだ」
マディラ様は静かに語りながら、ブレスレットを取り出した。
「私が、愛する女性に贈るようにと、いまわの際に言っていた」
手を伸ばして、私の腕を取る。
青い瞳で、私の目を見つめる。
「受け取って、貰えないだろうか……?」
「え?」
マディラ様は、すっと伏せた目を私に向けた。
「……俺は、パルに……」
ひとことずつ、噛みしめるような言葉。
まっすぐ射貫くような視線。
息が止まりそうになる。
胸が掴まれたようにぎゅっとなる。
マディラ様が、私の腕を取って、ブレスレットをつけた。
ひんやりとした金属の冷たさと、マディラ様の指の熱さを同時に感じた。
「まっ…マディラ様! 駄目です! 私には、もったいないです!」
このまま素直に受け取れば、盗みは楽になる。
でも……でも、マディラ様の誠意を裏切りたくない。
私は慌てて外そうとしたけれど、マディラ様の腕が伸びて、私の動きを封じた。
視線が合うと、マディラ様の表情は苦しそうだった。
握ったままの私の腕を引き寄せて、私を抱きしめる。
厚い胸板と腕の筋肉で、私の動きは完全に封じられた。
服越しでも体温が伝わる。
マディラ様の匂いに包まれて、力が抜ける。
「マディラ様?」
体よりも、胸が苦しい。
ドクドクと大きな心音は私のものか、マディラ様のものか分からなくなる。
力は強いけれど、山でおぶってもらった時の暖かく穏やかな安心感も思い出す。
「……パルが、遠慮しないで良い、と言った……」
熱っぽい声が、耳元に届く。
心音が跳ねる。
確かに、だいぶ前に、そんなことを言った気がする。
こういう意味ではないけれど。
「でも……」
私は受け入れることができない。
……許されない。
もがく私を逃がすまいと、マディラ様の腕にさらに力が入った。
「……嫌だと、言わないでくれ。
……君には、完敗だ。
誰が敵になっても、俺の、武人の魂を掛けて、君を……」
立派な男性の震える声に、胸の奥が掴まれたように痛む。
涙腺が刺激されたが、私は唇を噛んで必死で堪えた。
マディラ様が、私を抱きしめたまま、私の額にそっと口づけをした。
武闘派の人だと思えないほど、優しい。
私から、そっと体を放す。
その熱が離れて、私は急に肌寒く感じた。
「待っていてくれと……言いたいけれど、それは君にも重荷だろうな」
マディラ様の瞳が寂しげに揺れていた。
「だが……必ず、君に誇れる男ではあろう」
わずかに口角を上げて、私に平気だと見せようとしているように感じた。
マディラ様は、大きく息を吸って、何かを振り切るように部屋を出て行った。
次回マディラ編完結です。




