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軍人マディラと泥棒娘の見合い特訓5

挿絵(By みてみん)

⑤転属命令と宝石


顔合わせ以降、マディラ様のご縁談は、粛々と進んでいた。

マディラ様のお父様もホッとされているようだ。

いよいよ翌日、正式な申し入れとなる日だった。

マディラ様は、庭で弟君のテオ様と剣を振っていた。

とても力が入っているように感じた。

家を背負う覚悟もあるのだろう。

窓越しに見つめていると、マディラ様が私に一瞬目をやった。


「あ……!」


テオ様が声を上げる。

刃先が、マディラ様の腕に当たったようだ。


「ごめんなさい、兄様……」


テオ様が動揺している。


「いや……俺が、集中できていなかったから」


「マディラ様、手当てを……」


私は、部屋の中に誘った。



マディラ様の部屋。

あまり装飾がない、男性らしい質実剛健な部屋。

軍関係の書籍や、地図、武具なども多く置かれている。


「大丈夫ですか?」


私が傷を確認する。

訓練用の刀だが、擦れて血が滲んでいた。


「ああ」


マディラ様は腕を出して、静かに俯いている。


「明日は大切な日ですから、無理をなさらないで」


手当てされるのを黙って見つめていたマディラ様が、不意に話し始めた。


「実は……マグネタの治安統括の責任者が急病で倒れて、緊急の転属命令が下った」


「え? あの……要塞都市に? マディラ様は大丈夫なんですか?」


マディラ様は、しばらく沈黙した。

それだけでも察するものがある。


「難しい任務だが……異例の抜擢だ。本来なら、もっと戦績と経験を積んだベテランが担うべき役職なんだ」


マディラ様は、私を説得するように話をされる。


「いつからの任務ですか……?」


私の声は震えた。


「……即日」


「じゃあ、ご縁談はどうなるのですか?」


「……セレナ嬢の兄上は私の直属の上司だから、急な話ではあるが、理解して応援してくださっている。セレナ嬢も、待っていると言ってくれているそうだ」


「セレナ様は、マディラ様のことを、本当に思っていらっしゃるのですね」


マディラ様は、視線を下に落とした。


「ありがたい話だが、数年は帰ってくることもないし、治安が悪い場所に連れて行くわけにもいかないから、破談になるだろう。……実は、それでホッとしているんだ。断る方法を考えなくて良い」


「え……?」


(断る……?)


しばらくの沈黙。

マディラ様は、自分の言った言葉の重みを噛みしめるように、一度だけ低く息を吐いた。

そして、迷いを振り切るように背を向け、机の引き出しから小さな箱を持ってきた。


「マディラ様?」


箱を開けて私に見せてくれる。


「これは……」


私が、この屋敷に入った目的のブレスレット。

シルバーの土台に、宝石がいくつかちりばめられている。繊細な作りで、美しい。


……私が狙っていたもの……。


「母が、未来の私の妻へと用意したものだ」


マディラ様は静かに語りながら、ブレスレットを取り出した。


「私が、愛する女性に贈るようにと、いまわの際に言っていた」


手を伸ばして、私の腕を取る。

青い瞳で、私の目を見つめる。


「受け取って、貰えないだろうか……?」


「え?」


マディラ様は、すっと伏せた目を私に向けた。


「……俺は、パルに……」


ひとことずつ、噛みしめるような言葉。

まっすぐ射貫くような視線。

息が止まりそうになる。

胸が掴まれたようにぎゅっとなる。

マディラ様が、私の腕を取って、ブレスレットをつけた。

ひんやりとした金属の冷たさと、マディラ様の指の熱さを同時に感じた。


「まっ…マディラ様! 駄目です! 私には、もったいないです!」


このまま素直に受け取れば、盗みは楽になる。

でも……でも、マディラ様の誠意を裏切りたくない。

私は慌てて外そうとしたけれど、マディラ様の腕が伸びて、私の動きを封じた。

視線が合うと、マディラ様の表情は苦しそうだった。

握ったままの私の腕を引き寄せて、私を抱きしめる。

厚い胸板と腕の筋肉で、私の動きは完全に封じられた。


服越しでも体温が伝わる。

マディラ様の匂いに包まれて、力が抜ける。


「マディラ様?」


体よりも、胸が苦しい。

ドクドクと大きな心音は私のものか、マディラ様のものか分からなくなる。

力は強いけれど、山でおぶってもらった時の暖かく穏やかな安心感も思い出す。


「……パルが、遠慮しないで良い、と言った……」


熱っぽい声が、耳元に届く。

心音が跳ねる。

確かに、だいぶ前に、そんなことを言った気がする。

こういう意味ではないけれど。


「でも……」


私は受け入れることができない。

……許されない。

もがく私を逃がすまいと、マディラ様の腕にさらに力が入った。


「……嫌だと、言わないでくれ。

……君には、完敗だ。

誰が敵になっても、俺の、武人の魂を掛けて、君を……」


立派な男性の震える声に、胸の奥が掴まれたように痛む。

涙腺が刺激されたが、私は唇を噛んで必死で堪えた。

マディラ様が、私を抱きしめたまま、私の額にそっと口づけをした。


武闘派の人だと思えないほど、優しい。

私から、そっと体を放す。

その熱が離れて、私は急に肌寒く感じた。


「待っていてくれと……言いたいけれど、それは君にも重荷だろうな」


マディラ様の瞳が寂しげに揺れていた。


「だが……必ず、君に誇れる男ではあろう」


わずかに口角を上げて、私に平気だと見せようとしているように感じた。

マディラ様は、大きく息を吸って、何かを振り切るように部屋を出て行った。

次回マディラ編完結です。

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