軍人マディラと泥棒娘の見合い特訓4
④罪と背中の温もり
「あっ!」
帰り道で、私は岩に足を取られてしまった。
「どうした?」
マディラ様が、近付いてくる。
私は立ち上がるが、痛みで歩けない。
「足を捻ったみたいです……」
マディラ様が、私の足を観察する。
どうしよう、まだ馬を繋いだ場所までは距離があるのに。
運が悪いことに、ぽつぽつと雨も降って来た。気温が下がってきている。
マディラ様は、しばらく考えたあと、着ていたジャケットを脱いで私に着せた。
そして、しゃがんで背中を向けた。おぶされと言っているようだ。
私は動揺する。
「え……? でも……」
「遠慮するな。慣れている」
私はひどく恥ずかしかったが、他に方法もなさそうだった。
マディラ様の肩に手を伸ばした。
大きな背中。密着する体。筋肉質で温かい。
「軽いな」
マディラ様が小さく笑った。
「すっ、すみません。私は、軽くないと思います」
「完全軍装の歩兵を担ぐのに比べれば、君などは羽根のようなものだ。負傷兵は自分で掴まれないことも多いからな」
「負傷兵……私は、マディラ様の背中が大きいなと感じます」
「そうか……」
マディラ様は、私を背負ったまま、軽快な足で山を降りる。
二人で歩くよりだいぶ速いかもしれない。
置いていかれても仕方ない。
いや、泥棒を企てている私なんか、よっぽど置いて行かれるべきなのに。
マディラ様の高潔さと比べると、自分がとても劣悪な存在な気がして仕方ない。
高い空と緑の爽やかな香りの中で、大きな背中で揺られていると、安心感に眠くさえなりそう。
マディラ様のがっしりと隆起する肩の筋肉が、腕に当たっている。
一朝一夕ではなく、磨き抜かれた体。
私は、この温かさに身を任せていい立場ではないというのに。
そこから間もなく馬にたどり着き、私たちは帰宅することができた。
◇
庭のベンチに座って話をする。
マディラ様は少しずつ慣れてきたようで、言葉も増えた。
緊張して戸惑っている感じがなくなってきた。
「足は……もう大丈夫なのか?」
「え? はい。ありがとうございます。この通り」
私は、パッと立ち上がってみせた。
足首の捻挫はほぼ治っていたのだけれど、勢いをつけすぎてバランスを崩した。
ぐらりと体が傾く。
マディラ様が、手を伸ばして私を抱える。
さすがの反射神経……なんて思っている場合もなく、自分がマディラ様に横抱きにされていることに気付いた。
マディラ様の立派な腕が私の上半身を支えている。
覆いかぶさるようになったマディラ様の顔が近い。
青色の瞳に日差しが差し込んで、澄んだ青空のようにも見えた。
「あ……すみません」
私は慌てて起き上がろうとしたが、マディラ様が少しだけそれを制するように手に力を入れる。
上からそっと体を寄せる。
「……先日も思ったが……女性は柔らかいな」
別に、マディラ様が意図的にどこかを触っていたわけではない。
たぶん、小動物を触った時も同じ感想になりそう。
でも、さすがに照れるし、困っていると――
マディラ様は、ハッとして、
「失礼した……」
手を離した。少し赤くなっている。
たぶん、そろそろお見合いも行けるんじゃないかな。
少し寂しいけれど、頑張ってほしい。
私が今回目的としている宝石は、マディラ様の奥様になる方への贈り物として以前準備されたブレスレットに使われているそうだ。
それは、宮廷医だった私の父が、王室の即位式の宝帯から盗み出したものの一部。
即位式ですり替えが見つかる可能性もあるし、たとえ見つからなくても、宝石には精霊による国家安泰の祝福が込められているため、伝説では次の御代が乱れるそうだ。
私は即位式までに宝帯に返さなければいけない。
もし失敗すれば……この国の人々も、軍務に身を置くマディラ様も真っ先に危険にさらされることになるだろう。
それを考えると、ゾッとするほど恐ろしい。
◇
マディラ様の奥様候補が見つかった。
バイル伯爵家の三女、セレナ様。二十歳。
先日、教会の前でお会いした方だ。
その前にマディラ様に会われた時から好意をもっていらしたような気がする。
マディラ様の人となりを認められてのお話でもあるだろうから、きっと上手くいくはず。
ご縁談がまとまれば、私が目的としているブレスレットも出されるはず。
一時的に拝借し、宝石をすり替えてお返しする。
情けないし、とても心も痛むけれど、それが今回の私の作戦。
まずは、伯爵家でお茶をされることになった。
「大丈夫ですよ! マディラ様の魅力は必ず伝わります」
支度をお手伝いしながら、私はマディラ様を励ます。
マディラ様は、あまり浮かない顔をしている。
緊張されているのだろうか。
「パル……」
何かを言いたそうな様子でしばらく考えていたが、何も言わずに立ち上がった。
微かに口角を上げて、私を見た。
「……行ってくる」
淡い色のジャケットがとても似合う、たくましい後ろ姿を私は見送った。
マディラ様のご帰宅を、私はドキドキしながら待っていた。
マディラ様は、少し疲れたような表情で帰宅した。
「ど……どうでしたか?」
私は、興奮気味に尋ねる。
伯爵家でお茶を飲んだり、お散歩をしたりされたそう。
「ケーキは、少しずつ食べたし、感想も言った。ゆっくり歩いた。ちゃんと返答もした。セレナ嬢も笑顔でいてくれたし、恐らく……粗相はしていないと思うのだが……」
私は安堵する。両手を握りしめる。
「今のマディラ様は、絶対女性に好かれますよ、無敵です!」
ジャケットを脱いだマディラ様が、じっと私を見つめた。
一瞬悲しそうに、瞳が揺らめいた。
「……パルは……敵なのか?」
「え? 敵ですか……?」
ドキリとした。
私の狙いは見透かされているのかもしれないと思う。
日々、戦いの中で過ごしていたら、不審な気配や行動は敏感に察知されるのだろうか。
「もし、私がマディラ様の敵だったらどうされますか?」
恐る恐るマディラ様の目を見上げた。
その瞳には、想定していた怒りや失望は見られない。
とても澄んでいて、むしろ心細さを含んでいるようにさえ感じた。
「俺はパルが敵でも、怖くて戦えないかもしれないな」
「怖いですか……? 私が?」
マディラ様は、自分の手を見つめた。
ずっと戦って来たであろう、大きくて節くれだった頑丈な手。
いくつもの古傷も見える。私のことなど一ひねりだろう。
マディラ様は小さく掠れた声で呟いた。
「……失うのが」
そのまますっと目を伏せ、それ以上何も言わなかった。
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