軍人マディラと泥棒娘の見合い特訓6(完)
⑥返した光、残る想い
腕に付けられたブレスレットを眺める。
キラキラと光を集める。
盗まずに済んだはずなのに……。
でも、少しも気持ちは晴れない。
命を賭ける任務を背負うマディラ様と、罪を犯す自分。
私はこれから、王室へ侵入することすら考えている。
胸にたまった空気を大きく吐き出して、部屋に戻る。
机の上に、金工用の器具を取り出す。
この目的のために、ある職人のもとで一年ほど徹底的に特訓した。
あるフィルターを通してブレスレットに光を当てる。
オーロラに揺らめく一つの宝石。
精霊の力が込められた証。
傷をつけないよう、細心の注意で取り外す。
高品質のイミテーションを付け替えた。
「マディラ様……」
ブレスレットを胸に抱きしめる。もし、このブレスレットを受け取っていいのなら、私はマディラ様を待つことができる。
辺境で、マディラ様の任務を支えるために働くことも夢想してしまう。
私は丈夫なのは自信があるし、質素な生活でも構わない。
でも、マディラ様にも、マディラ様のお母さまにも私は顔向けできない。
あの、大きな手や、たくましい腕、広く温かい背中。
失うと思うと、とても心細くなる。
けれど、あんなに高潔な魂に、私は影を落としたくない。
ブレスレットの白い光は、罪を犯す私には眩しすぎた。
一晩中、その輝きを目に焼き付けた。
◇
翌朝。
まだ陽が昇りきらない薄明の庭に、馬の蹄の音が静かに響いていた。
辺境へ向かう部隊の準備が進む中、私はそっと屋敷から歩み出た。
マディラ様が、ふと振り返る。
驚いたように青い瞳が揺れた。
「……パル」
その声を聞いただけで胸が痛む。
私は深く息を吸い、両手で包むように小箱を差し出した。
「これを……お返しします」
マディラ様の目が、わずかに見開かれる。
「今の私には、ふさわしくありません。
でも……いつか胸を張って受け取れるように、努力します。
だから……どうか、ご無事でお帰りくださいませ」
震えないように言葉を整えたつもりだったのに、
最後だけどうしても声が揺れた。
マディラ様は、しばらく何も言わなかった。
ただ、私の手の中の小箱を見つめ、やがてそっと受け取る。
指先の温度がはっきりと感じられて、胸が締めつけられた。
「必ず帰る。だから……いつか、また……」
マディラ様は一瞬目を伏せた。
「ご武運を……心より……心よりお祈りしております」
マディラ様は、ゆっくりと頷いた。
そして馬に乗り、手綱を握る。
軍人らしく、背筋はまっすぐ。
けれど、去る直前に一度だけ振り返り、私を見つめた。
蹄の音が遠ざかる。
風が吹き抜け、赤褐色の髪が陽に揺れる。
私は胸に手を当て、静かに目を閉じた。
「魂は永久に残る」
かつてマディラ様が言った言葉を胸に、私は歩き出す。
この国の安寧のために。
そして、いつか胸を張ってあの方に再会できる日のために。
私もまた、自分の役割に魂を掛けようと思う。
マディラ編完結です。ここまでお読みいただいた方、ありがとうございました。
次回新章です。マディラ編はIF後日談へ繋がります。




