アメシス編 完 ⑦月夜の抱擁と別れ 漫画あり
⑦月夜の抱擁と別れ
次の日、アメシス様がお兄様のお部屋に呼ばれていた。
アメシス様は外に出られるようになって、当主のお兄様の右腕としてノール家の財務や慈善事業を担当されるようになった。
「いつまでも、冷や飯食んでいるようでは、君にも恥ずかしいから」
アメシス様は、自嘲気味に言われるけれど、博識で優しく、美しい伯爵家副当主様。
呪いの噂が大きく反転した評判になっている。
相変わらず侯爵令嬢や他の女性からの熱烈求愛も続いているそう。
私は、アメシス様が不在の間に、また金庫室の窓からブローチを元あった箱へ戻す。
全てが手から離れると、一旦ホッとする。
宝石をすり替えて返しても、結局は盗みには違いない。意味があるとは言えないのかもしれない。
でも、宝石一つイミテーションになっても、残りはすべて本物だ。私には一生手が届かないような高価なもの。
盗みが明るみに出にくいという理由もあるけれど、それ以上に
せめて……という私の自己満足が大きかった。
でも、やはり、このお屋敷を去らねばならない。
心に穴が空いたような寂しさが私を襲った。
私は重い足を引きずって、部屋で荷物をまとめる。
この家は、もう呪いの幻想からも解放された。
眩しい未来が待っている。
夜になり、部屋を出る。
三日月が冴え冴えしている静かな夜。
黙って消えるつもりだった。
廊下に出ると、カタン、音がした。
「……私を、捨てていくのか……?」
背後から声がした。
「アメシス様……どうして……?」
紫の瞳がランプの灯りで揺らいでいる。
「そんな気がしていたんだ。私は、君を引き止めるほどの力がないから」
「そんなことないです! アメシス様は、本当に素敵な方です!」
(ただ、私には選ぶ権利がないだけ……)
言葉に詰まる。
「君が何かを隠しているのは、分かるけれど……」
アメシス様が、一歩ずつ私に近付いてくる。
「……それでも、私は、君に救われた。人生を取り戻してもらった。
とても、感謝している。君と……ずっと一緒にいたい」
アメシス様が、私に更に近付いて両手で私を抱きしめた。
私の持っていた荷物が、ぼとりと床に落ちる。
力強いのに、どこか遠慮するような優しい抱擁。
アメシス様らしいと感じて、緊張よりも心が満たされる。
「逃がしたくない、閉じ込めておきたいと、思ってしまうんだ」
私に回されたアメシス様の両腕が、微かに震えている。
「閉じこもっていた私が、失笑ものだ」
「アメシス様……」
暖かい胸の中。抱きしめ返したい気持ちになった。
”あなたはもう大丈夫”と、全身で伝えたかった。
けど……できなかった。
「アメシス様……ごめんなさい……ごめんなさい……」
私の声はこれ以上ないほど震えた。
アメシス様は、しばらくして、振り払うように力を込めて体を放した。
悲しそうな瞳で私を見つめる。
「……君は……また他の誰かを救うのだろうな。私のように闇の中にいる誰かが、君を待っているかもしれない。私が独り占めするのは許されないんだろうな」
「アメシス様……」
真摯な言葉に、目頭が熱くなる。
私は、そんなに立派な人間じゃない。この家に来て、アメシス様のために働いたのも純粋な思いだけではなかった。
「私のことを、忘れないでいて。私も、君を絶対忘れない。もし何か困ったことがあれば、いつでも……待っているから」
震える手を伸ばして、指でなぞるように私の唇にそっと触れた。
紫の瞳が濡れて光っていた。
アメシス様が、頭を私に近付ける。
前髪がさらりと揺れた。
更に近付きかけて、ためらい、距離を取る。
「あの小説のように……」
小説は、再会した恋人たちのキスで終わっていた。
アメシス様は、静かに笑って、背中を向けた。
私は、荷物を抱え、泣きながら、屋敷を後にした。
冴え冴えとした三日月が、夜空に寂しげに浮かんでいた。
夜が来る度、私はアメシス様の優しい紫水晶のような瞳を思い出している。
アメシス編完了です。ありがとうございました。
IF続編へと続きます。




