最終章4
自らの手足として完璧に作り上げたはずの十二使徒からの反逆。
その信じがたい光景を前に、鋭角の化身たる女神の顔が、怒りと屈辱で醜く歪んだ。
「あり得ない……! 私の完璧な計算式が、たかが人間の生み出したバグ如きに上書きされるなどと……!」
激昂した女神の叫びと共に、宇宙の星々が浮かんでいた穏やかな異空間が、ガラスのように甲高い音を立てて砕け散った。
剥き出しになったのは、無機質で冷たい三次元グラフの座標空間。
女神の体から放たれた無数の「751」のデータ群が、見る者の目を細めさせるほど鋭利な角錐や、ノコギリのように尖ったグラフの破片へと変貌していく。
「丸みなどという無価値なノイズに汚染されたのなら、もはや再利用の価値もありません。まとめて致命的エラーとしてデリートしてあげます!」
女神が振り下ろした鋭角な腕の動きに呼応し、空間を埋め尽くした無数の刃が、俺と十二使徒を全方位から串刺しにすべく、けたたましい風切り音を立てて襲いかかってきた。
全方位から迫り来る致命的な鋭角の豪雨に対し、十二使徒たちは一歩も退かずに俺の盾となった。
キャンサの展開した分厚い装甲が火花を散らして刃を弾き、サジッタの放つ矢が空中で鋭角の破片を正確に射落としていく。
「主には指一本、いや、角一つ触れさせません!」
だが、女神の放つエマープの質量は圧倒的だった。防ぎきれなかった鋭利なグラフの破片が、使徒たちの装甲を削り、その肌に痛々しい傷を刻んでいく。
このままではシステムが崩壊するのは時間の問題だ。俺がどうにかしなければと歯を食いしばったその時、俺の背中を、ふわりと温かく柔らかな感触が支えた。
「一肆さま、無理しちゃだめですよ。わたしたちも、ずっと一緒にいるんですから」
振り返ると、そこには女神に集約されて消滅したはずの、ナンバー1から145までの乙女たちの姿が、淡い光の幻影となって寄り添っていた。
「みんな……消去されていなかったのか」
「当然だ! アタシたちが一肆を置いて情報ロストするわけないだろ!」
マシュリのポカポカした微笑み、スズのサバサバした姉御口調、そしてフィリアやセレン、ガルダたちの確かな温もりが、俺の脳内ネットワークに次々と再接続されていく。
12使徒の盾と、145人の幻影。俺の魂に刻み込まれた157人分の「丸み」が、一つの巨大な定数として完全な同期を果たした瞬間だった。
俺は限界を超えた統計データアナリストの脳をフル稼働させ、彼女たちの愛という名の不確定要素を、究極の演算へと組み込んでいった。
俺は、鋭利な刃の雨を降らせ続ける女神を真っ直ぐに見据え、一歩前へと踏み出した。
「無駄な足掻きを……! 私の751という完全無欠な鋭角の前に、その程度のバグデータがどれほど集まろうと意味はありません!」
女神の嘲笑が響く中、俺は静かに首を振った。
「確かに、お前の751は強力な鋭角だ。システムを切り裂くには十分すぎる威力を持っている」
俺の言葉に、女神の顔に勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。だが、俺の演算はすでに最終フェーズへと突入していた。
「だがな、所詮は有限の数字だ。どれだけ鋭く尖っていようと、その計算には必ず終わりが来る」
俺の周囲で、157人の乙女たちの想いが光の粒子となって収束し、巨大な円軌道を描き始める。
「対して、俺たちの丸みはどうだ。『π=3.141592... 』決して割り切れることのない無理数であり、永遠に終わらない無限の曲線だ!」
俺の叫びに呼応するように、光の円軌道は膨大なエネルギーを孕み、異空間の座標軸を強制的に書き換え始めた。
「有限の鋭角が、無限の曲線を削り切れるわけがない。これが俺と彼女たちで導き出した、究極の最適解だ!」
俺は両腕を大きく広げ、全存在、全魔力、そして全愛情を懸けた最後のコマンドを、世界に向けて高らかに宣言した。
「展開せよ……究極・万物円満!」
俺の全身から放たれた無限の『π』の波動が、157人の幻影を眩い光の帯で繋ぎ合わせ、巨大で圧倒的な円軌道を構築していく。
「いけええええっ!」
俺の絶叫と共に、十二使徒が一斉に躍動した。
だが、それは相手を傷つけるための鋭利な一撃ではない。
キャンサの盾が、サジッタの矢が、そしてリブーラの天秤が、無限の円を描きながら女神の放つエマープの雨へと激突し、優しく、しかし圧倒的な質量で撫でていく。
「ば、馬鹿な! 私の完璧な鋭角が……削られていくというのですか!?」
驚愕に目を見開く女神の眼前で、有限である751の鋭角群は、永遠に続く『π』のうねりの中に次々と飲み込まれ、まるで巨大なヤスリをかけられるようにゴリゴリと丸く摩耗していく。
どれほど鋭利で冷酷な刃であろうと、果てのない愛情の曲線に包み込まれれば、最後には角を失うしかないのだ。
「ああああっ……! 計算が……私のエマープが、丸め込まれて……っ!」
女神の悲鳴すらも優しく反響するほどの丸い光の奔流が、ついに異空間の冷酷な座標軸を完全に埋め尽くした。
無限に続く円周率の波動が、世界を傷つけていた最後の鋭角を完全に削り落とし、すべてを温かく眩い大団円の光へと包み込んでいった。











