第10回 争奪戦:まあるい「椅子取りゲーム」
(一肆、毎日お疲れ様。よしよし、えらい子ですね。たまにはゆっくりおやすみなさい......................)
雪深い山奥にひっそりと佇むような、木の温もりに満ちた異空間のロッジ。
暖炉の中で薪がパチパチと爆ぜる音が、嵐の前の静けさを強調するように部屋に響いていた。
中央に置かれた一台の簡素な椅子。そこに座る俺、一肆の周囲を、五人の少女たちが取り囲んでいる。
「本日の特別スケジュールを告知します。15時ちょうどより、第10回争奪戦──まあるい椅子取りゲームを開始します」
風紀委員長のエマが、赤いアンダーリムの眼鏡を鋭く光らせながら、指示棒でピシッと俺を指し示した。
用意された椅子は、俺が今座っているこれ一つだけ。
だが、このゲームにおける本当の「椅子」とは、家具のことではない。
俺の膝の上──ただ一つの特等席を巡る、乙女たちの聖戦。エマの宣言によって、ロッジの空気は一気に沸点へと達した。
俺の周囲には、獲物を狙う猛獣のような、あるいは高貴な宝を品定めするような視線が五方から突き刺さっている。
「汝の膝の上……。古竜の末裔たる我の、新たな玉座に相応しい場所でおじゃるな」
古風な着物を揺らし、ティアマトが角を誇らしげに掲げた。彼女は傍らに置かれた機械仕掛けの蓄音機を「得体の知れぬ箱」と警戒しつつも、金色の瞳に独占欲を滲ませている。
「へへっ、ボクが一番乗りだぞっ! Hカップのクッションで、一肆をボクだけのものにするんだぞっ!」
リルカはぴょんぴょんと落ち着きなく跳ね回り、小柄な体には不釣り合いなHカップの双丘を激しく揺らして闘志を燃やす。
「一肆の膝……。冷たくて、丸い。最高の座り心地、職人として検証させてもらうね」
ネージュは作務衣の袖をまくり、青白い肌に静かな熱を宿して淡々と告げた。その背後の水色の羽が、興奮を隠しきれずに微かに震えている。
「ふん、平民の膝に座ってあげるのですから、泣いて喜びなさいな。わたくしが友達として、その場所を浄化して差し上げますわ!」
アリアンは縦ロールの先を指で弄びながら、Aカップの胸をツンと張って傲慢に言い放つ。だが、その長い耳は期待で赤く染まっていた。
一肆という唯一の安らぎを巡る、肉厚で円満な、けれど過酷なサバイバルが今、幕を開けようとしていた。
不思議な魔力を帯びた蓄音機が、陽気なメロディを奏で始めた。
「ひゃあっ!? な、なんじゃこの箱は、急に歌い出すでないでおじゃる!」
飛び上がって驚くティアマトを余所に、他の四人は一斉に俺の周りを円状に回り始める。
「はい、いっちにっ、いっちにっ! 乱れず規律正しく行進しなさい! 歩幅は三十センチ、視線は前です!」
エマが指示棒を指揮棒のように振り、軍隊さながらの統制を取ろうとする。だが、そんなルールが通用する面々ではなかった。
「ルールなんて知るかっ、ボクが一番乗りだぞっ! いっけー、最短ルートだっ!」
リルカが重力を無視したような動きで内角に鋭く切り込む。Hカップの双丘が、走るたびに豪快な音を立てて波打っていた。
「……甘いね。足元がお留守だよ」
ネージュが淡々と呟き、指先で床に触れる。瞬時にロッジの床が薄い氷の膜に覆われ、先陣を切ったリルカが「わわっ!?」と派手に滑り出した。
「おーっほほほ! 氷だなんて風情がありませんわね。わたくしがお茶会の場に変えて差し上げますわ!」
アリアンが扇子を広げ、色とりどりのマカロンをトラップのようにばら撒く。甘い香りの障害物に足を取られ、エマの規律ある行進も一瞬で崩壊した。
「おのれ……この騒がしい箱め、我の集中を乱すとは! だが、汝の膝という玉座は、古竜たる我にこそ相応しいでおじゃる!」
ティアマトは蓄音機を威嚇しながらも、長い尻尾を器用に振り回して他の四人を牽制し、虎視眈々と俺の正面をキープする。
俺は中央で、五方向から押し寄せる熱気と冷気、そして異なる丸い意志に挟まれ、逃げ場のないプレッシャーに身を固くしていた。
唐突に、耳障りな蓄音機の音がプツリと途切れた。
静寂が訪れたのは一瞬。次の瞬間、五人の乙女たちが全方位から弾かれたように俺の膝へと殺到した。
「そこはボクの特等席だぞおぉぉっ!」
「規律に従い、わたくしが占有いたします!」
「どきなさい平民共! 友人のわたくしが座るのが道理ですわ!」
「一肆の熱、私が冷ます……」
「我の玉座、邪魔立てするでないでおじゃる!」
五つの異なる質量と魔力が、ただ一点『俺の膝の上』を目指して衝突しようとする。
このままではロッジが衝撃で崩壊しかねない。俺は混乱を円満に収めるため、唯一の対抗策を解き放った。
「万物円満!」
俺の手のひらから『π=314』の波動が放たれ、俺の膝を中心とした強力な「丸い引力」が発生する。
引力は乙女たちの殺意を純粋な愛着へと変換し、彼女たちの「聖なる双丘」の弾力を百倍に増幅させた。
正面から飛び込んできたリルカとネージュの重量級Hカップが、俺の膝の上でむぎゅぅぅっ! と激突する。
冷たくて柔らかい、そして弾むような肉厚の衝撃。その直後、左右と背後の隙間を埋めるように、エマ、アリアン、そしてティアマトの気高きAカップたちがパズルのピースのように完璧に食い込んだ。
重力加速度が限界を突破し、五人の乙女は一肆の膝という極小の座標に、美しく、そして重厚に重なり合った。
みしり、とロッジの床が悲鳴を上げた。
膝の上にかかる重力加速度は、俺の計算を遥かに超えている。
真正面からはリルカとネージュのHカップが、俺の視界を塞がんばかりに肉厚な壁となって押し寄せ、左右からはエマとアリアンのAカップが俺の腕をがっしりとホールドしている。
そして背後からは、ティアマトの着物越しに伝わる温もりが、逃げ場を完全に封鎖していた。
「……重い。けど、この密度、信じられないほど円満な数値だ」
「15時3分、膝上の占有を完了しました。一肆くん、心拍数が15%上昇しています。リラックスなさい」
エマが至近距離で眼鏡を光らせ、俺の乱れた呼吸を「管理」し始める。同時に、ネージュのひんやりとした青白い指先が俺のこめかみに触れた。
「一肆、熱くなりすぎ。私が冷却してあげる。……このまま、溶けないかき氷になればいいのに」
「あははっ! ネージュ、それはずるいぞっ! 一肆、ボクの動物たちも呼んだから、みんなでもふもふするんだぞっ!」
リルカがHカップの谷間に魔法生物の毛玉を挟み込み、俺に押し当ててくる。規格外の弾力と毛玉の柔らかさが混ざり合い、俺の脳内の演算回路がショート寸前だ。
「……そこの平民共、少しは慎みなさいな。ほら、わたくしが手摘みしたブドウですわよ。……あーん、なさいな。友達としての、特権ですわ」
アリアンが顔を真っ赤にしながら、震える手でブドウを俺の口元へ運んでくる。その隣では、ティアマトが満足げに俺の背中に頬を寄せ、喉を鳴らしていた。
「うむ。汝の膝、そしてこの乙女たちの重なり……。これぞまさに、我の求めていた安寧の極致でおじゃる。機械のような冷たさなど微塵も感じぬ、至高の玉座じゃ」
俺は、限界を超えた統計データアナリストの脳で独白を開始した。
個々のヒロインが持つ「角」や「トラウマ」というスパイク・ノイズが、こうして重なり合うことで互いに相殺され、完璧な調和を奏でている。
『π=314』の極致とは、単一の円ではなく、こうして不揃いな円が重なり合って生まれる「多重円満構造」にあるのだと、俺は自身の膝にかかる重みと体温から解析する……。
「……おい、平民。寝てはいけませんわよ。わたくしの話を聞きなさいな!」
「一肆くん、予定ではあと15分、この姿勢を維持することになっています。……動いてはいけませんよ」
(アハハ……もう無理だ……)
五人の異なる「丸い愛情」に窒息しそうになりながら、俺は心地よい重圧の中で目を閉じた。
やはり、世界は丸いほうがいい……











