No.48 エマ:風紀委員長の規律と、整列するAカップ
ああっ、ダメだ。正しい休日の過ごし方が分からない。
せっかくの休みだというのに、俺は部屋の真ん中で頭を抱えていた。
前世でマニュアル通りの行動しか許されず、一歩でも手順を間違えれば連帯責任として激しく叱責された記憶が、強烈なトラウマとなって俺を縛り付けている。
休むための手順書がない。どうやって息を抜けば正解なのかが分からない。
焦燥感が頂点に達した時、俺のストレスが空間を歪め、部屋の天井から無数の硬い金属バインダーが具現化して降り注いできた。
角の尖った分厚いバインダーが、ギロチンのように俺の精神を裁断しようと迫る。ブレード・バインダーだ。
誰か、俺の休日を完璧に管理してくれ。俺に何も考えさせないでくれ。
俺は藁にもすがる思いで、天井に向かって叫んだ。
「出でよっ、ぱいぱいっ! ナンバー48!」
ぼよよぉんっ!
一切の無駄を省いた、硬質でありながらも規律正しい弾力音が部屋に響き渡った。
光の中から現れたのは、第一ボタンまできっちりと留めた制服に赤いアンダーリムの眼鏡をかけた風紀委員長、エマだった。
「一肆くん。現在時刻、13時12分。召喚に応じました。……ですが」
エマは頭上に迫るブレード・バインダーを完全に無視し、ズカズカと俺に歩み寄ると、指示棒の先で俺の襟元を鋭く突いた。
「ネクタイが3ミリ曲がっています。それにその猫背! 休日だからといってこの乱れ、風紀委員長として見過ごせません!」
「いやエマ、上! 上からバインダーが降ってきてるから!」
「黙りなさい。命の危機だろうと、服装の乱れは心の乱れです! 規律を守れない者に、休日の平和など訪れません」
ヒュンッ、と鋭い刃が俺たちのすぐ横を通り過ぎて床に突き刺さっても、彼女はピクリとも動揺しなかった。
「はい、背筋を伸ばす。アゴを引く」
エマは迫りくる凶器を意に介さず、俺の襟元をピシッと整えにかかる。
そのAカップの胸元は膨らみこそ控えめだが、アイロンがけされたシャツのように一切の隙がなく、彼女の揺るぎない正義感そのものを体現していた。
「よし、直りました。……さて」
俺の服装を完璧に整え終えた彼女は、くるりと踵を返し、ようやく天井から降り注ぐ角張った脅威へと鋭い視線を向けた。
「現在13時13分。一肆くんの『絶対安静リラックスタイム』の著しい妨げです。即座に丸く収まりなさい」
「指示棒一本で片付く相手じゃないぞ! 俺も協力する!」
俺は彼女の背中に手を当て、トラウマを上書きするためのスキルを発動させた。
「万物円満!」
俺の『π=314』の波動が、エマの凛としたAカップへと流れ込み、彼女の持つ『規律』という概念を100倍の調和エネルギーへと増幅させる。
「風紀を正しなさい。……規則正しい水玉模様!」
エマは一歩前に出ると、あえてそのAカップの胸を、猛スピードで落下してくるブレード・バインダーの刃の雨に向かって突き出した。
鋭利な金属の角が彼女の胸に激突する。だが、肉を裂くような残酷な音は響かない。
彼女の胸に触れた瞬間、システムが強制終了されたかのようにバインダーの軌道がピタリと停止した。
角張っていたはずの殺意は、彼女の強固な「規律」と俺の演算によって強制的に丸め込まれ、ぽふっ、ぽふっ、という間抜けな音と共に、安全で可愛らしいドット柄の丸いクッションへと変形していく。
「ふん。ルールとは人を守るためのもの。人を傷つけるだけの角など、私の前では無力です」
エマが眼鏡のブリッジをクイッと押し上げる頃には、部屋の床は無数の柔らかいクッションで埋め尽くされていた。
「13時15分。敵の排除、スケジュール通りです」
エマはパチンと指示棒を畳むと、懐から一枚のプリントを取り出して私の目の前に突きつけた。そこには『一肆くん・休日更生スケジュール』と題され、分刻みでびっしりと予定が書き込まれている。
「助かったよ、エマ。でも、これからどうすればいいのか……」
「心配いりません。ここから22時の就寝まで、あなたの全ての行動は私が完璧に管理します。あなたは一切の決断を下す必要はありません。ただ私の指示に従い、完璧にリラックスしなさい」
「決断しなくていい……なんて甘美な響きなんだ」
前世で私を苦しめた「自由という名の放り出し」も「自己責任という名の丸投げ」も、ここには存在しない。私は深い安堵と共に、クッションの山に体を預けた。
「では最初の予定です。13時20分から14時まで、強制リフレッシュ・タイム。ここへ頭を乗せなさい」
エマは私の隣に座ると、自身の膝……そしてきっちりと制服に包まれた、硬くも温かいAカップの胸板を指し示した。
「え、エマ? それは流石に……」
「『えー』ではありません。これは委員長命令です。さあ、早く」
有無を言わさぬ口調に圧され、私は彼女の胸元に顔を埋める形でもたれかかった。
Aカップというその控えめな膨らみは、驚くほど規律正しく、それでいて母親のような慈愛に満ちた温かさを放っている。シャツ越しに伝わる一定のリズムを刻む鼓動は、私の乱れた自律神経を強制的に調律していくかのようだった。
「……一肆くん、力が入りすぎです。私の心拍数に呼吸を合わせなさい。吸って、吐いて。……よろしい」
彼女の冷たい眼鏡の奥にある瞳が、少しだけ柔らかく細められた。
俺は、限界を超えた統計データアナリストの脳で独白を開始した。
マニュアルという名の毒も、彼女というフィルターを通せばこれほど甘い「規律」という名の安らぎに変わるのか……。
カオスな休日を否定し、分刻みの管理によって「休息」という定数を導き出す。この徹底したパターナリズムこそが、今の私には何よりの福音なのだと解析する……。
「……あ。少しだけ、ネクタイがまた曲がりましたね。……このままで直しなさい」
エマの細い指先が私の襟元に触れ、彼女の胸のぬくもりがさらに深く私を包み込んだ。
やはり、世界は丸いほうがいい……











