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6-2

「や、やっぱりワカナさんの『呪い』が!」

 諒が真っ青な顔でわめく。

 星之峯小学校の七不思議の一つ『図書室の奥にある黒い本の秘密が分かった人は呪われる』。

 響たちはちょうど先日、その黒い本である『わかるの本』に隠された『秘密』──本の著者がイジメを苦にして自殺した『トイレのワカナさん』であることを知ってしまった。この『秘密』を知ってしまうと、ワカナさんの呪いで大ケガをしたり、最悪死んでしまう可能性がある、と言われてはいるが。

「これは『呪い』なんかじゃないよ!」

 どう考えてもこれは、人間の悪意が引き起こした蛮行だ。

 けれどそれを証明するためには、自分たちが生きてここから脱出しなければならない。

 ──どうする……!

 出入り口から遠い、奥の窓は開かないように細工されてるせいで開けられないし、叩き破ろうにも防音のためのガラスは分厚く、なにか道具でもなければ不可能だ。

「お兄ちゃん!」

 薫が怯えた声で縋り付いてくる。

「とりあえず、こっちに」

 響は三人を守るように近くに引き寄せながら、炎から離れるように音楽室の奥へ移動する。

 何か方法はないか、と考えを巡らせていると、ふいにカラカラとどこかの窓の開く音がした。それから風がすぅっと吹き込んで、こちらに向かってきていた煙の流れがゆっくりと変わる。

「……え?」

 風の吹いてきたほうに視線を向けると、そこは隅にある掃除用具入れのある辺り。雑多に積まれた荷物の近くの窓が一つだけ開いていた。

「こっちだ!」

 響は怯える三人の肩をたたき、隅にある荷物の山の方へ駆け寄る。

 出られる窓があるなら、あとは安全にここから降りることを考えればよい。幸いここには、他教室からも集めておいたと思われるカーテンがたくさんある。

「よしみんな、ここから脱出するために、カーテンではしごを作ろう」

「で、でも、火がもう……」

「もう、無理だよ……」

 涙目で怯える薫と諒の頭を、響はそれぞれ優しく撫でた。

「大丈夫! ちゃんとみんなで脱出できるから! 先生を信じろ!」

「そ、そうだ! やれることはやろう!」

 弥亮が大声を上げ、薫と諒の肩を叩く。

「お前らも誰かがドア閉めて火をつける音を聞いただろ! 脱出できれば『呪い』なんかないって証明できるんだ! だから、やろう!」

 必死に訴える弥亮に、涙目だった薫と諒も涙を拭って大きく頷いた。

「……うんっ」

 響達は比較的綺麗で破れていないカーテンを選び、手分けしてそれぞれの端をしっかりと結んで繋げる。

 作業している間にも、炎はゆっくりと奥へ向かってきており、黒と灰色の煙が天井を波打ちながら這い回っていた。

 ゴホゴホと咳き込みながらも、五〜六枚のカーテンを繋げ、途中降りる時に足場になるようなお団子部分も作り、ロープ状のハシゴが完成した。

「よし、脱出だ!」

 窓の手前にある金属製の手すりにカーテンロープのハシゴの片方をしっかり結びつけると、反対側を窓の外へ放り投げる。長さは十分足りていたようで、投げた端がしっかりと地面にたどり着いていた。

「よし、まず先生が先に降りる。次に弥亮くんが降りて、諒くん、最後に薫の順番で降りるんだ。いいね?」

 結びつけたカーテンロープの強度を確認しながら、響は窓の外に身体全体を出す。高さは十メートル近くはあるだろうか。思っていた以上に高くて、少しばかり目眩がする。

 ──上手くいくのだろうか。

 炎の燃える音と、空へ上がっていく灰色の煙に、小さな不安が頭を過っていった。

「……お兄ちゃん!」

 手すりに近寄り、薫が心配そうな顔を向ける。

 そうだ、自分が不安になってはいけない。子ども達を守るためにも。

 響はいつものように、薫に向かってニッコリと笑って見せる。

「大丈夫だ! お兄ちゃんは先に降りて、みんなが落っこちても受け止められるよう、下で待ってるからな!」

「……う、うんっ」

 不安そうな顔をしていた薫が、響の言葉に覚悟を決めたように、力強く返事をした。

 それに頷き返すと、響はスルスルとカーテンロープを降りていく。

 即席で作った物だが、カーテンの質が元々いいのかすごく頑丈で、千切れるような心配もなく無事に地面までたどり着いた。

 ──大人の俺で千切れなかったんだ。これなら……!

 下までたどり着いた響は、すぐに大声で三階に向かって呼びかける。

「よし、次は弥亮くんだー!」

「はい!」

 元気よく返事をすると、弥亮は全く怖がることも止まることもなく、スルスルとカーテンロープを滑り降り、手伝いなど不要とばかりにあっという間に地面に着いてしまった。

「おー、すごかったな!」

「しょっちゅうアスレチックでやってるんで!」

 響が頭を撫でると、弥亮が得意げな顔でそう言った。運動神経のいい子なのでそこまで心配はしていなかったが、それ以上に度胸のある子だな、と響は感心する。

「じゃあ弥亮君は、職員室まで行って知らせてくれるかい? 煙を見て消防車は出してくれてると思うけど、俺たちが閉じ込められてたことはきっとみんな知らないだろうし」

「わかった!」

 返事と共にすぐに走り出した弥亮を見送ると、今度は頭上に声をかけた。

「よーし、次は諒くんだ!」

「は、はい……」

 弱々しい返事と共に、諒がカーテンロープに掴まった状態で窓の外に出てくる。流石に三階といえど怖いのだろう、なかなか降り進むことが出来ない。

「諒くん、がんばって! 諒くんならできるよ!」

「大丈夫、ゆっくりでいい!」

 薫と響とでそれぞれ声をかけ続ける。

 その間にも、炎はゴオゴオと恐ろしい音を上げて奥の窓辺に迫っており、煙の量も先ほどより増えていた。

 諒は顔を真っ青にしたまま、恐る恐る、けれど着実にカーテンロープを降りていく。そうしてゆっくりゆっくり降りていった諒は、ようやく地面に足をつけると、そのまま腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

「よし、よくやった! 頑張ったな!」

「は、はい……」

 響は動けなくなった諒を抱え、近くに生えている木の根元まで運んで座らせると、すぐにカーテンロープの垂れ下がる場所まで戻り、頭上に向かって声をかける。

「よし、薫で最後だ!」

「うんっ」

 響の呼び声に短く返事をした薫は、素早く窓の外に身体を出すと、カーテンロープをするりするりと降り始めた。弥亮ほどのスピードはないが、普段から薫もアスレチックなどで上り下りをしているのか、躊躇うことなく降りてくる。

 ──よし、このままなら!

 何事も起きなければ、四人全員が無事に脱出できたことになる。

 響がそんなふうにほんの少しだけ気を抜いた、その時だった。

 頭上でドオオンと大きな音とともに、カーテンロープを括りつけてある窓から、赤い炎と黒煙が勢いよく吹き出す。掃除用具入れのあった辺りに置いてあった何かが爆発したようだった。

「きゃぁーーーー……!」

「薫!」

 爆発によってカーテンロープを固定していた手すりが吹き飛び、その衝撃で一番上の部分が千切れてしまい、ロープごと薫の身体が空中から落ちてくる。

 急いで落下地点まで移動し、響は落ちてきた薫を抱き込むようにしてなんとか受け止めた。

「お兄ちゃん!? 大丈夫!?」

 すぐに響の腕の中で身体を起こした薫が叫ぶ。

「いててて……。大丈夫、大丈夫」

 受け止めた衝撃でそのまま地面に転がってしまったが、大きく尻もちをついただけで、そこまで大きなケガはしていない。薫の身体が建物の一階天井付近まで降りてきていた時の爆発だったので、それも幸いしたようだ。

 座り込んだまま、響は薫の頭を撫でる。

「薫はケガないか?」

「うん、平気! だけど……」

「だけど?」

 言葉を詰まらせた薫の目に、じわじわと涙が溢れてきた。

「こ、こわかったぁ……!」

 そう言って薫が響に抱きつき、大粒の涙を流しながら大きな声で泣き出す。

 無事に脱出できたことで安心し、気が抜けたようだった。

「……うん、怖かったな。もう大丈夫だからな」

 響はそう言って薫をぎゅっと抱きしめる。最後まで一人で残り、怖がる諒を励まし続けていたのだ。全員無事に脱出するために気を張って、きっと、ものすごく頑張っていたのだろう。

 泣きじゃくる薫の頭を優しく撫でながら落ち着かせていると、遠くから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

「大丈夫ですか!?」

 その声にハッとして顔を上げると、そこにいたのは、グレーの作業服に帽子を被った、用務員さん。

 ──しまった……!

 気付いた時にはすでに遅かった。

 響が立ち上がるよりも早く、駆け寄ってきた用務員さんは響達ではなく、少し離れた位置で休ませていた諒に向かって、真っ直ぐに駆け寄っていたのだ。

「大丈夫だったかい?」

 いつものように目尻にシワを増やして笑う用務員さんは、まるで何事もなかったかのように諒に手を差し出す。

「く、くるな……!」

 立ち上がれず、その場から動けない諒が差し出された手を振り払うも、用務員さんは気にもとめず、何でもないことのように諒を抱えあげた。

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