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6-1

 金曜日の放課後。

 響は新聞委員の四年生、薫・弥亮・諒の三人と一緒に用務員室へと向かった。

 新聞委員で調査する七不思議で、まだ解明できていない『旧校舎の音楽室では、夜中にリコーダーの練習をしている幽霊が出る』という不思議について、用務員さんが噂の原因になりそうな現象に遭遇したらしく、実際の現場で検証することになったのである。

 しかし運悪く、この日はちょうど六年生達がすぐ近くの公立中学校に見学へ行くという行事があり、六年生は全員が午後から不在。そのため四年生の薫たちが六年生の代わりにしっかり取材をすることになったのだ。

「じゃあ行きましょうか」

 響達が用務員室を訪ねると、待っていた用務員さんと一緒に旧校舎へと向かう。

「どんな感じになるのかなぁ」

「楽しみだね」

 それぞれが音楽室で起きる現象についての予想をしながら歩いていた。以前なら、旧校舎に向かうというだけで戦々恐々としていたのに、今では子ども達のほうが我先にと先頭にいるのだから、不思議なものである。

 そうして旧校舎に向かっている途中、響の隣を歩いていた用務員さんが、作業着の色んなポケットを、しきりに手で押さえていた。

「……あれ、しまったな」

「どうかしましたか?」

 響が尋ねると、いつものように目尻にシワを増やしながら、用務員さんが少し照れたように頭をかく。

「いえ、ちょっと忘れ物を。実験で使うものを一つを忘れてしまったようです。すぐ戻るので、先に音楽室へ向かっててくれますか」

「そうなんですね、わかりました」

 用務員さんから旧校舎を開けるための鍵を受け取ると、響たちはひと足先に旧校舎へ向かった。



 ■



 大きな南京錠を解錠し、小豆色のペンキが剥げかけた昇降口の引き戸をガラガラと開ける。すでに電気の通っていない旧校舎だが、室内は差し込む西日のおかげで恐怖よりもノスタルジー溢れる薄暗さを保っていた。

「よし、行こうか」

「はーい」

 デコボコに歪んだリノリウムの廊下を歩き、板材のズレた階段をゆっくり上がりながら三階を目指す。旧校舎の廊下の窓から外を覗くと、新校舎との間にある中庭が見えた。今日は六年生がいないせいか、下級生の子ども達数名が中庭で鬼ごっこをしているだけである。

 三階奥の突き当たり、ドアが開け放されたままの教室の入り口に掲げられた『音楽室』の文字はすっかり掠れていた。

 音楽室の室内は以前見た時とあまり変わった様子はなく、古びた木製の段差や壁に貼られた音楽家の肖像画ポスターも変わらずそのまま。薫達三人は、正面にある五線譜の書かれた黒板や、奥の壁に備え付けられた空っぽの棚などをそれぞれ思い思いに見て回っている。

「傷んでるところとかもあるから、あんまり触るなよー」

「はーい」

 やはりずっと締め切られていたせいか、空気がこもっている感じがしたので、響は出入り口のすぐ近くにある窓を開けた。

 するとスーッと涼しい風が入り込み、音楽室内の澱んだ空気をかき回す。窓からは新校舎の裏手側と、そこに並ぶ畑が見えた。ついこの間、弥亮と諒が取っ組み合いのケンカをした辺りである。

 子ども達のほうに視線を向けると、奥のほうにある掃除用具入れ周辺に積まれた、他教室のものと思われる荷物の山を、何があるのだろう、と三人がそれぞれ興味深げに見ていた。

 ──ケンカしたことも、すっかり忘れていそうだな。

 先日の一件で、三人の仲は以前より深まったような気がする。子どもの成長はなんと早いのだろう。

「危ないものもあるかもだから、あんまり触るなよー」

「はーい」

 三人に声を掛けつつ、響は風通しを良くしようと奥側の窓も開けようとそちらに向かった。

「……ん?」

 反対側の窓と同じように鍵を開け、ぐんっと思いきり窓を引っ張ったのだが、びくともしない。

「んぐぐ……!」

 響が一人奮闘していると、それに気付いた子ども達がわらわらと近寄ってきた。

「どうしたんですか?」

「いや、こっちの窓も開けようと思ったんだけど、開かなくてさ」

「建て付け悪いとか?」

「まー、古い建物だし、レールが歪んでるのかなぁ」

 そう答えながら、響は窓のレール部分に視線を向ける。しかし予想に反し、鈍い銀色のレールには空いているはずの隙間がなく、綺麗にピッタリくっついて塞がっていた。

「……え?」

 歪んでくっついているのとは違う。レール部分の金属部分が溶けて規則正しい波を作っており、まるで溶接されたようにして隙間を塞いでいたのだ。

 ──どういうことだ?

 旧校舎が使われなくなる前からこうだったのだろうか? しかし、いくら音楽室といえど、窓が溶接される意味が分からない。

「先生、どうかしたの?」

「ああ、いや、実は……」

 子ども達に窓のことを話そうとしたその時、開け放したままのドアのほうから、コツコツと廊下を歩く足音が聞こえてきた。

「あ、用務員さんがきたのかな」

 ちょうど用務員さんもきたなら、窓が塞がれていることを話しておいたほうがいいだろう。そう思いながら、響は子ども達と一緒に出入り口のほうへ向かった。

 しかし、近づいてきた足音は出入り口付近でピタリと止まる。

 あれ? と思っている間に、開いていたままだった引き戸をいきなりガラガラと閉め始めた。

「えっ!? ちょっと、用務員さん!?」

 響が慌てて駆け寄るが間に合わず、引き戸はピシャリと閉じられてしまい、外からガチャンッと鍵を掛ける音が響く。確認のために開けようと引いてみたが、やはりドアにはしっかり鍵が掛かっていた。

 こういう鍵は、内側にも開けるためのツマミがあるはず、と急いで鍵のある辺りを見たのだが、ツマミ部分が綺麗に潰されていて内側からは開けられない。

 ──……鍵が!

 響はすぐに大声を上げながらドアを叩く。

「用務員さん!? 俺たち中にいます! 開けてください!」

「あけてー!!」

 全員で何度もドアを叩いたり、体当たりしてみるが返事もなく、ドアはびくともしない。廊下を歩いていく音が聞こえなかったので、用務員さんはまだそこにいるはずなのだが。

「……まいったな」

 学校にいる間、携帯電話などの私物は基本職員室のロッカーに置いているので、助けを呼ぶこともできない。諒がタブレット端末を持ってきてはいたのだが、新校舎から離れすぎているせいか電波も圏外になっている。

 中庭で遊んでいる児童がいたはずなので、窓から叫んで助けを呼んでみようか、と思っていると、不意にツンと鼻をつく匂いが漂ってきた。

「なに、このにおい……」

 薫が眉をひそめて鼻をつまむ。

 それがガソリンの匂いだ、と気付いた時には、すでに何かを焼くような焦げ臭いにおいに変わっていた。

 ドアの向こうからパチパチと炎の燃える音が聞こえ、隙間からは灰色の煙がシュルシュルと蛇のようにうねりながら入ってくる。どうやらドアにガソリンをかけ、そこに火をつけたらしい。

「か、火事だ!」

「離れて!」

 出入り口のドアはあっという間にオレンジ色をした炎に包まれ、唯一開けていた出入り口近くの窓にも近づけなくなってしまった。

 旧校舎自体はコンクリート製だが、音楽室内の壁は木製の吸音材が張り巡らせてある。それに、風通しをよくするために窓を一つ開けていたせいで、ドア付近で燃え上がった炎は、壁を伝いながらあっという間に燃え広がっていた。

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