この歳になってローダーとは
第九十八章~EMRドップラーゴーグルの巻
翌日、日曜日の正午。
僕はとっくに目覚めていたのだがミサキ氏はこの時間、まだ熟睡中である。
念の為に、と寝室を覗くと、ブラとショーツ姿でベッドの上でうずくまっていた。見る限り、寝返りもいびきも寝言も何もない。導入剤がきっちりきまっている様子だった。
駄目元で、正午ですよ、と声を掛けるが反応はない。確か昨晩は二時過ぎに就寝した筈なのでもう十時間は経過している筈なのだが。
起こすのは諦めて僕はリビングスペースに戻った。昨晩の残りの炭酸の抜けたジュースでスナック菓子を流し込みつつ、『フォートギルド』を再開する。
日曜日なので参加者は多かったが、こう言うのもなんだが、雑魚ばかりだった。
キル数を積み上げて装備をどっさりと入手し、例によって山の上に潜む。そしてスコープに人影が見えた、というタイミングでミサキ氏が起きてきた。
「ふぅ、体バッキバキだぁ。いい加減マットレスを変えないと駄目だわ。ほら、低反発とかってあるじゃん? あれ」
ブラウス一枚の姿で扇風機に向かいつつミサキ氏は言う。マットレスより先にエアコンだろう、と言うと、
「それがさ、バカ少尉と同じで、月末まで予約一杯なんだってさ。やっぱり蘭子{らんこ}ちゃんにでも頼もうかな」
頭をバリバリとかきむしりつつ言う。
「そういえば蘭子ちゃんだ。昨日の夜に連絡した時にさ、あのGT-R男ね? ちょっと急ぎの用事あるから顔出してくれって。いい具合の時間だし、準備すっかな」
言い終えるとミサキ氏はシャワールームへ消えた。
僕はと言うと、スコープに見えた人影にヘッドショット一発を決め、ゲームを強制終了させた。
スマホとサイフ、そしてサンバーバンのキーを持って待機すること数分でミサキ氏がいつもの恰好で登場した。エアコンばて防止兼ガンベルト隠しの例のピンクのカーディガンも腰に巻いている。
「いざ! 猛暑へ!」
と、威勢が良かったのは数分だった。鳳{おおとり}研究所に着く頃にはまるでスライム状態である。
「遅かったな、美咲。今日はもう来ないんじゃあないかと思ってたぞ?」
最初に迎えたのは今日もマルボロ・マイルドを離さない乾源一{いぬい・げんいち}氏だった。ネクタイ以外、しわくちゃなのも毎度の事だ。
「急ぎで、と言ったつもりだったのだけれど?」
継いだのは鳳蘭子{おおとり・らんこ}氏。メンソールを咥える白衣の彼女は少しだけ不満そうだった。
「あたしはまだ寝起きだよ、蘭子ちゃん」
「美咲の睡眠障害は筋金入りだな。良くこんな暑さでエアコンもなしで眠れるもんだ。まだなんだろう、エアコン?」
「寝てる間は薬効いてるから扇風機で足りるのさ、乾さん」
「美咲の脱水は気になるけれど、そろそろ本題、いいかしら?」
メンソールを継ぎ足しつつ鳳氏が言う。
「新装備、と言うほど大袈裟でもないけれど、役に立つと思うわよ」
「これって、暗視ゴーグル? 駄目駄目、視界が狭くなるのは嫌いなのよ」
「少し違うの。EMRドップラーゴーグルよ。機能は名前の通り、近辺のタロンを感知する装置なの。ここ経由でのタイムラグを少しでもなくそうと思って急造したの。タロンのエーテル密度の感知能力もあるから、もしかすると弱点なんかも見えるかもしれないわ。そんなものがあれば、だけれどね。とりあえず四セット作ったから、僕と美咲と少尉、それに乾さんに渡しておくわ」
「おいおい、蘭子。俺もかい?」
乾氏が渋い顔をする。
「昨日も言ったでしょう、ワルサー大尉の二の舞はゴメンだ、とね。私からは以上よ。美咲は堀田さんの所で弾丸を補充していってね。それと乾さんは、スピードローダーを使うように。同じく堀田さんの所へ」
「俺は五発で仕留める主義なんだがなぁ、上司の命令なら従うさ。しっかしこの歳になってローダーとは」
「乾さん、歳とローダーて何か関係あんの?」
「性に合わないって話さ。タロン相手なら仕方がないが、俺は極力撃ちたくないんでね」
乾氏がコーヒーを飲み干してから僕らは研究所・装備課へと向かった。




