ゼロインはあたしか乾さんが手伝うからさ
第九十七章~新規修正パッチのダウンロードの巻
未だ白煙を吹いているGT-Rと、タロンに憑かれて気絶した男性は鳳{おおとり}氏に丸投げすることにして、僕らはミサキ探偵事務所へと向かった。ちなみにへこんだ後部バンパーはミサキ氏の蹴りで少しだけマシになった。
途中、コンビニに寄って軽食とドリンクを買い、十五分ほどで事務所に到着した。
「んー、懐かしの我が家って感じ。三日くらい空けてたから依頼の一つでも入ってないかな?」
事務所入り口にある大振りのポストを開くと、チラシがどっさりと出てきた。ピザ宅配だとか水道管修繕だとか分譲マンションがどうこうだとか、である。
「ふむふむ。ピザって言う手もあるか。あ、でも昼にドリア食べたし、微妙にカブるかな?」
言いつつミサキ氏は事務所のドアをくぐり、うわっ! と声を挙げる。
「何だこの熱気と湿度は! もう夜中だぞ?」
鉄筋コンクリート造りの事務所なので熱がこもるのは仕方がないし、慣れているだろうに、ここ数日の避暑地巡りで失念していたらしい。
僕とミサキ氏はコンビニで調達してきた麦茶とウーロン茶をがぶがぶと流し込む。それで幾らかはマシにはなったが、しかし、二人そろって汗まみれには違いなかった。
「こりゃ駄目だわ。シャワー浴びてくるからまたゲームでもしてな」
早速ブラウスを脱ぎ捨て、ミサキ氏はシャワールームへと消えた。
残された僕はと言えば、炭酸とスナック菓子片手にゲームモニターに向かい『フォートギルド』をスタンバイする。何やら新規修正パッチのダウンロードとかでかなり待たされるので、仕方なく炭酸をガブ飲みする。数分後、ダウンロードが終わった頃にミサキ氏が戻って来た。
「調子はどうだい?」
裸にバスローブ一枚を羽織ったミサキ氏が尋ねてくる。こういう時、普段色気のケの字もないミサキ氏でもドキリとしてしまうというもの。
修正パッチをダウンロードしているのでまだ、と説明するが、半分も理解せずに「へぇ」と返された。
元々はゲーマーだったらしいが、今では主に旧式ゲーム機の、オンラインでも入手困難なレトロゲームを好むミサキ氏。ゲームモニターはそこそこのサイズだが、映画鑑賞用らしかった。配信サイトにも一つ加入してある。
言ったかもしれないが、ミサキ氏の『フォートギルド』の腕前は悲惨の一言である。
「こういう時にさ、ワインでも飲めればカッコいいんだろうな、とか思わない? シャワー浴びてさ、バスローブでワイン片手に窓辺に佇む美女、どうよ?」
きょうび、美女と呼ばれる方々はリボルバーなど携行しない、とは思うだけで、僕はやっと開始した『フォートギルド』を注視する。スタート地点がよさげだったので、今回はかなりのランクになりそうな気配だった。
モニターからアサルトライフルの銃声が聞こえる度に、ミサキ氏が辺りを伺う。これも職業病なのだろうか。
僕の分身、Mr.Aは高台に陣取ってスナイパーライフルを構えている。密集地帯からは相当な距離だが、どうにかレンジ内だ。とりあえずけん制で一発、と思ったら予想外で体にヒットした。発見されるのも厄介なのでそのままヘッドショット、相手は倒れて消えた。
「それさぁ」
ミサキ氏が炭酸片手で寄って来た。
「六百メートルはあるだろう? ドラグノフでも装備してんの?」
ゲーム内武器は全て架空のものですよ、と説明すると、そっか、とだけ返ってきた。
「そうだ。今思い付いたんだけどさ、その腕前、本番で生かしてみない?」
ん? 僕はミサキ氏の言うことが理解できずで固まってしまった。
「だからさ、あんたってばいつもスナイピングばっかでしょ? その腕前をって話。昨日会ったでしょ? 装備課の堀田さん。あの人のところに行けばスナイパーライフルなんてゴロゴロ転がってるし、ゼロインはあたしか乾{いぬい}さんが手伝うからさ」
……いやいやいや! 待って下さい! 僕は慌てて炭酸を飲み、そして咳き込んだ。確かに僕はスナイピングの腕前には自信がある。しかそそれはあくまでゲームの話であって、本物など触るどころか見たこともない。話の枕が「そうだ」だったので軽く聞いていたのだが、とんでもない話である。
大体、ゲームコントローラーでのスナイピングが本物で通用する筈もないだろう。
とかあれこれ考えていたのだが、ミサキ氏は話を締める。
「んじゃあ、この話の続きは明日ってことで、私は導入剤飲んで寝るよ。あんまし夜更かしするなよぅ、おやすみー」
僕の反論など端から聞くつもりがない、そんな調子でミサキ氏は寝室に消えた。




