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竜の娘  作者: 飛鳥弥生
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世界は冥府に帰る

第九十五章~マビノギオン、ルゼルフの白の書と、ヘルゲストの赤の書の巻


 大道少尉がチータラチータラと騒ぐ午前一時半過ぎ、再びスマホに着信があった。今度は乾源一{いぬい・げんいち}氏からだった。

「出てくれたか。傍に美咲か少尉はいるかい?」

 はい、と返して僕はスマホをスピーカーモードに切り替える。

「はいはい、美咲ちゃんですよー」

「乾よ! ビールのつまみが底をつきそうで窮地であるぞ」

『すまんが馬鹿話をしている場合でもない、今度にしてくれ。早速だが、二人共すぐに動けるかい? 先刻の新塚{にいづか}という野郎の自宅のパソコンから妙な履歴が見つかったんだ。出来れば二人にも見てもらいたいんだが、どうだ?』

「乾って、ひょっとして「あの」乾源一警部補? 捜査一課の伝説のタフガイがどうして?」

 驚いた風に言うのは葉月巧{はづき・たくみ}巡査だった。

『なんだ? 誰か一緒なのか? まあ構わん。とにかく急行してくれ。蘭子{らんこ}にはもうデータは送ってあるが、現場サイドの意見が欲しいと彼女も言っていたしな。住所は端末に送るから頼むよ』

 そう言い残してスマホは沈黙した。

「乾さんてば、そんな有名人なの?」

 ミサキ氏が尋ねると、葉月氏が、それはもう! とやや興奮気味で返した。

「コンバットナイフでお腹を刺されながら暴漢を取り押さえた、とか、不法所持の拳銃強盗相手に単身で向かって確保したとか、逸話は数知れず。県警で知らない人はいないくらいの大物よ。もっとも別の課に配属になってからは姿を見なくなったけど。噂じゃあ退職したっていう話だけど、あなたたちと一緒だったのね」

 なるほど、僕は何となく納得した。あの無頼漢・乾氏から漂うオーラは確かに只者ではない。

 普段こそマルボロ・マイルドを吹かしつつスキットルでバーボン三昧だが、そんな経歴だったとは、と。

「んじゃあ、あたしらは行くとするか。その新塚とか言う奴の所に」

「待て、アホの鳩羽よ。まだサラミが残っておる」

「だからてめーは食うか飲むかどっちかにしろよな!」

「前村! 私たちも行くわよ」

 いやいやいや、とは僕。

 前村歩{まえむら・あゆむ}巡査部長はワンピース姿だし、葉月氏に至ってはもう単なる酔っ払いだ。幾ら婦警といってもさすがにそれでミニパトは駄目だろう、と。しかし前村氏は、了解です! と早速立ち上がる。

「あなたたち、急ぎなんでしょう? ミニパトで先導するのなら速度超過は許すから準備しなさい」

 完全に仕切る葉月氏だった。

「あの乾さんが急ぎだって言ってるんだから、ここは葉月ちゃんの好意に甘えるとしようぜ、行くぞ!」

 こうして僕らの飲み会は一旦お開きとなり、僕の運転するサンバーバンはミニパトに続く形で郊外の安アパートへと向かう事になった。

 十五分かそこらで現地に到着すると、出迎えたのは予想通り、乾氏だった。

「急ぎとは言ったがこんなに、とはな。で、そちらの婦警? 二人は何者なんだい?」

「私服で失礼します! 前村歩巡査部長です!」

「私は葉月、葉月巧。乾さん、覚えてません? 交通課の……」

 乾氏が、ああ、と頷く。

「あのジャジャ馬娘か。何だか見違えたな、俺も歳かもな。どうだ、出世したかい?」

「お陰様で今は巡査です」

「何だ、まだ巡査止まりか。お前さん、美人なんだからキャリアでも捕まえてりゃいいものを。おっと、お喋りは後回しだ。管理人に言って鍵は開けてもらってる。早速、新塚の部屋に向かうとしよう」

 乾氏を筆頭にミサキ氏、大道少尉、葉月氏、前村氏、そして僕が続く。

 新塚という男の住まいはワンルームの簡素な部屋だった。テーブルには大量のビール缶があり、パソコンデスクが一つ、それくらいで生活感がまるでなかった。

「こっちだよ」

 乾氏がパソコンデスクへと皆を誘導する。電源を入れてブラウザを立ち上げると……。

「悪魔召喚の館ぁ? ようこそ、て、なんだこれ?」

「そういう名目のチャットルームらしいんだが、ログがあってな。少し待ってろ……ここだ」

「どれ、吾輩にも見せよ」

 チャットログでは皆、本名に見えそうなハンドルでアクセスしているようだった。実際、新塚という男は「Niizuka」でアクセスしている。相手もそんな具合だった。

「これを見てくれ、三日前のログだ」

「マビノ……ん? マビノギオン? 何だろ、聞いたことない単語が飛び交ってるみたいだけど」

「マビノギオン、ルゼルフの白の書と、ヘルゲストの赤の書。このワードが一週間前のログから大量に出てきている。蘭子に調査させているんだが、まだ何もヒットしていない。が、俺はこいつが臭うんだ」

「何々? ルゼルフは過去を全て記し、ヘルゲストは未来を全て記す? うわ、オカルトだな」

「ふむ、マビノギオンなる書物は二冊で一つという話だな。大方理解したぞ」

 本当に理解しているのかは不明だが、本人がそう言っているので、そうなのだろう。

「でさ、このマビナントカとタロンがどう絡むのさ、乾さん」

「入口のところにあったろう? 悪魔召喚の館へようこそ、と。このマビノギオンとかってのがそのキーなんじゃあないか、ってのが俺の見立てだが、美咲、少尉、どう思う?」

 乾氏が問うが、ミサキ氏は、うーん、と唸って返す。

「どうって言われてもなあ、これだけじゃあ何ともって所……て、ここのログ、「マビノギオン、ヘルゲストの赤の書で世界は冥府に帰る」とか書き込んでる奴いるじゃん。赤の方は未来予言だったよね? てことはログの日付からしてこの数日のタロン大量発生とリンクするってか?」

「俺もそう読んでるよ。蘭子の方はルゼルフの方を追っているらしいがな」

「白の書であるな。過去を全て記すという」

「ああ。そこからこれまでのタロン出現パターンとの照らし合わせ作業中らしい。ざっとだが以上だ。どうだ、何か参考にでもなりそうか?」

「出てきたら叩く、あたしの仕事は変わらないけど、ヘルゲストって奴は確かに気になるね。世界が冥府にて、大袈裟に過ぎるよ」

「君、端末にこのチャットのログデータを吸い上げておいてくれ。消されてはたまらんからな」

 僕は、はい、と言ってUSB通信でログの吸い出しを開始した。

 マビノギオン、詳細はまだ不明だがさすが元刑事の乾氏だ、とただただ感心する僕だった。

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