吾輩のカイザーに敵なし
第九十二章~フード付きトレンチコート男の巻
見覚えのあるコンパクトなミニパトから、こちらも見覚えのある婦警が出てきた。
名前は確か、葉月巧{はづき・たくみ}巡査だったか。続いたのは忘れようもない前村歩{まえむら・あゆむ}巡査部長だった。
「あなた! こんな時間に……って、もしかして少尉?」
葉月氏が驚いた風に言う。
「いかにも吾輩、少尉であり、む、お主は酒豪の葉月ではないか」
「どうしたのよ、こんな遅くに。酒場から出てきたと言うことはもしかして?」
如何にも不味い流れだ。が、葉月氏の言葉は違った。
「どうして私に一声かけないのよ! 一課の連中と飲むのって窮屈なのよ?」
僕は思わず溜息を吐く。こんなで良くも警察官が務まるものだな、と。
「すまぬな。そこまで頭が回らなかったが故、許せ。詫びではないが、これから吾輩の事務所で一息いれるか? 丁度暇をしていた所だ」
「その話、乗った! 前村! 撤収準備!」
なんだかなぁ、僕は飽きれるだけだった。これでもきっと普段は真面目に取り締まりをしているのだろうと信じたい。
と、ミサキ氏が割って入る。
「アユムちゃんも行くの? だったらあたしも!」
葉月氏の後ろにいた前村氏がびくっと体を震わせる。
「あ、あの。私は勤務報告書を――」
「そんなの明けてからでいいから、あんたも来る! 先輩命令!」
「それじゃあ早速出発……ん?」
ミサキ氏が言葉を切って、暗がりに目を細める。
「葉月ちゃん、あそこに誰かいるけど?」
言われた葉月氏が懐中電灯でそちらを照らすと、確かに誰かがいた。
「そこのあなた! こんな時間に何やってるの!」
照らし出されたのはシルエットからかなり大柄な男性らしかった。真夏だと言うのにフード付きトレンチコートを羽織っているようで、見るからに不審者だ。
「前村!」
「はい!」
二人はその男に向かって歩くが、すぐに少尉に止められた。
「何よ? ちょっと職務質問してくるだけよ?」
葉月氏には応えず、大道少尉はミサキ氏に声を掛ける。
「アホの鳩羽よ」
「ああ、この硫黄の臭い。間違いないな」
言いつつミサキ氏はリボルバーを抜く。驚いたのは葉月氏であった。
「ちょっと! 美咲さんだったわよね? それって本物なら銃刀法――」
「話は片付いてからゆっくり聞く。今は取りあえずミニパトの影にでも隠れてて……来るぞ!」
バン! 先手必勝よろしく、いきなりミサキ氏は発砲した。トレンチコートの男は、少し体制を崩していた。
「またかよ! ダリル残り五発、大サービス行っくぜー!」
ダリル・リボルバーの連射でぱらつく雨がはじけ飛び、葉月氏から怒声が上がる。
「何なのよ!」
「これでどうだっ!」
ダリルのシリンダーから空になった薬莢をバラバラと巻いて、リロードする。
トレンチコート男は? 見ると立っていた位置から五メートルほど後方に倒れていた。そして……。
「出たな! 四枚羽! タフなのは知ってるから瞬殺して――」
四枚羽のタロンは憑依していた男から離れた途端、ミニパトに突撃してきた。
「葉月ちゃん!」
「前村!」
ミサキ氏と葉月氏の絶叫が重なる。鳳{おおとり}氏が以前言っていた。タロンは「人を襲う」と。四枚羽タロンの鋭い鉤爪が前村氏に迫る。
「真! カイザァァ! ナッコゥ!」
それは文字通りぎりぎりだった。寸でのところで前村氏に向かった鉤爪を、大道少尉の真・カイザーナックルが弾き飛ばしたのだった。
ギッ! とタロンが耳障りに唸る。
「吾輩の前で自由が許されると思うなかれ! タロン風情めが!」
「ナイスだ! バカ少尉! そのまま打ち上げろ!」
「承知! 真! ダブル! カイザァァァー! ……」
両拳を顎の前で溜めてから、
「ナックルゥゥ!」
ドドン! と鈍い打撃音でタロンがミニパトの上空へと飛ばされる。
「喰らえ!」
ゴゴゴン! ベッセル・リボルバーの全弾が四枚羽タロンを捉えた。タロンは空中できりもみし、路面へと墜落した。ミサキ氏は素早くベッセルをリロードして構え、そして、
「親玉によろしくな」
ゴン! 頭部にベッセルを撃ち込むと、タロンの頭は爆裂した。
「ふう、一丁あがりだな。ナイスカバーだ、バカ少尉」
「言ったであろう。吾輩のカイザーに敵なしとな」
拳をごつんとぶつけ合う二人に対して、葉月氏と前村氏は茫然としていた。
「ああ、愛しのアユムちゃん! 怪我なかったかい?」
「え? は、はい」
「葉月ちゃん。この件は上に報告しないほうがいいよ? もっとも一課じゃなくて九課なら別だけどね?」
「け、県警に九課なんて……」
「あるのよ。まあいいや、判断は任せる。ちなみにあたしの銃は鳳研究所で登録してあるものだから、ご心配なく」
一日に複数のタロン、これは確かに尋常ではないな、鳳氏の懸念を少し思い出す僕だった。




