ミクターズ
第九十章~彼、渋くて素敵じゃなくて? の巻
天海真実{あまみ・まなみ}氏が合流して一時間ほどが経過した。時刻は二十三時ちょい過ぎ。
かなりのぺースでウィスキーを空けている天海氏の顔は、先刻のヒートアップを忘れさせるほどに緩んでいた。
似たようなペースでバドワイザーを飲んでいる露草氏のほうは普段と変わらず、と言った調子である。
他方、ミサキ氏と大道少尉も普段と変わらず、であった。
「ねえ、美咲。鳳{おおとり}って人と一緒にいた男性。彼、なんていう名前なのかしら?」
「ん? 乾{いぬい}さんのこと? 乾源一{いぬい・げんいち}さんだけど、どうかした?」
「彼、渋くて素敵じゃなくて?」
ミサキ氏は、ぶっ、とカクテルを吹き出した。
「真実ちゃん、飲み過ぎじゃねーの? 乾さんは真実ちゃんの一回り近く上のオッサンだぜ? いっつも煙草吸っててヤニ臭いし、暇さえあればバーボン飲んでるし」
「あら、いいじゃない。彼の風貌、バーボンて感じするし、煙草の臭いなら葵{あおい}で慣れてるもの」
「なんや、真実はああいうんがタイプなんかい? まあ無骨さを差し引いても悪い奴やないけどやあ」
「いい人てのは同意見だけどさ、真実ちゃんとは不釣り合いじゃね? 乾さんは元々が叩き上げの刑事でさ、今は蘭子{らんこ}ちゃんにスカウトされて傭兵やってるけど、未だに根っからの刑事だし」
「私、過去にはこだわらないわよ? と言うか、刑事さんなら尚更頼れるじゃない」
「蓼{たで}食う虫も好きずき、であるな」
流石に虫は失礼だろう。
「まあええやんか。浮いた話のない真実や、これはおもろいことになりそうやし」
「あの怪物が現れたら、また会えるかしら?」
「物騒な話だな、おい。蘭子ちゃんの研究所に行けばいつでもいるよ、乾さんは。とびきりのバーボンでも持っていけば多分一発でコロリだよ」
よっし、と天海氏は小さくガッツポーズをする。
「明日は日曜日だし、早速ね。辻さん、ミクターズをボトルで一本お願いします。贈呈用に梱包して下さる? 美咲、乾さんてミクターズ、飲むのかしら」
「あたしにバーボンの話を振らないでおくれよ、知識ないんだから。愛飲してたのはオールドナントカだったけど、きっとバーボンなら何でもいいんじゃね? どうせスキットルでぱかぱか飲んでるだけだったし。ついでにマルボロをカートンで持っていけばイチコロだよ、きっと」
少しすると辻氏がミクターズと言うバーボン、梱包されたそれを持ってきた。
「これでよろしいですか?」
「ええ、ありがとう。月詠{つきよみ}さん、そろそろ撤退しましょうか」
「なんや? まだ飲み始めて一時間くらいしか経っとらんで。もう帰るんかいな」
何本目かのバドワイザーを空にした露草氏が喫煙コーナーに向かう足を止める。
「聞いての通りで私は明日、忙しいのよ。じゃあ、美咲も少尉さんも僕も、またね、ってお会計はお任せでいいのよね?」
「無論である! 今日の吾輩は無敵――」
「それはもう聞いたっつーの。んじゃ、真実ちゃん。なんつーか、検討を祈ってるよ。あの無頼漢にゃ勿体ない話だけどね」
じゃあね、と天海氏は席を立ち、軽くスキップしながら店の外へと消えた。
「免疫のないお嬢様言うんは恐ろしいなあ。乾でいいんやったら少尉でもいいやろに」
「それは違うぜ、葵{あおい}ちゃん。このバカ少尉には乾さんみたいな色気が微塵もない」
「むおっ! それは吾輩のカイザーへの挑戦と捉えるぞ、アホの鳩羽」
「そーいう所が、って言ってんだよ」
さて、天海氏と乾氏、思わぬカップルが成立しそうな勢いだが、果たしてどうなることやら、である。




