一万円
第二十六話~蒸気機関車の如くの巻
時刻はもう二十四時を回っていた。
チェリー・ビーンズは閉店時間なので解散かな、と思ったが、違った。
「また蒸し暑い事務所に戻るのはまだ嫌だあ、誰か、ファミレスでいいから連れて行ってくんない?」
ミサキ氏の提案に各自が返す。
「うちは旦那に飯やらんとあかんからパスな」
「私はあ、明日も朝から理事室だから、うん同じくパス」
「美咲ったらまだエアコン求めてだらだらと過ごすの? 研究室に戻って少尉への報酬の清算と、一件、解剖が入ってるから、私もパスね」
「俺はどうかな。事件調書を作らにゃならんから蘭子と一緒に帰るか。パスだ」
「ミーは装備点検が残っているのでミサキ、ソーリー、パスです」
どれが誰だか説明不要だろう。ミサキ氏と大道少尉、そして僕はぽつねんとした。
「このアルマーニ野郎のお陰だあ!」
蹴りかかるミサキ氏を僕は必至でなだめた。
「アホの鳩羽よ。吾輩は報酬が確約されてるが故付き合いたいのだが、晩飯は誰持ちになるのだろうか」
大道少尉の言い分にミサキ氏はうーんと唸る。昼間、鳳研究所の食堂で言っていた「金の貸し借りは厳禁」という言葉が僕らの頭をよぎる。
「なんや、自分ら、今からご飯かいな。お金ないんやろ? 一万円くらいやったらおごったるで? 今日のうちは太っ腹言うたやろ?」
もう閉店しているので煙草をふかしつつ、露草氏が申し出た。なんていい人なのだろうか、とは、今日何度目だろう。
「やた! 葵{あおい}ちゃん愛してるう!」
「露草よ。恩に着るぞ、我がカイザーナックルに誓って」
僕もお礼を言うが「ええねん」とだけ返ってくる。蒸気機関車の如く煙を吐きつつ露草氏はミサキ氏からライダースジャケットを受け取り、月詠{つきよみ}氏の運転するアキュラへと向かった。
私たちも退散しましょう、と残ったメンバーが言いそれぞれの車へと歩いて行った。
残された僕らは、またぽつねんとしつつも、貴重な一万円を僕の財布に仕舞い、熱帯夜であろう外で待つ我らがサンバーバンに向かった。




