監察医でありタロン学者
第二十四話~阿久津零士の巻
一時間ほどが経過しただろうか。鳳蘭子{おおとり・らんこ}氏と乾源一{いぬい・げんいち}氏、そしてワルサー大尉がチェリー・ビーンズに到着していた。
「で、人的被害はなかったのね? 少尉さん?」
「ははは、鳳よ。貴様、吾輩を吾輩と知ってそう聞くか? 吾輩の無敵の拳を見るがいい」
大道少尉から報告を受けた鳳氏が念を押すが、聞いての通りである。
「そいでもって今回の被害者はそのスカした男って訳か。ちっ、高そうなスーツ着てやがるな。俺はこういう奴は苦手だよ」
乾氏が咥え煙草でぼやく。
「オオミチ! グッジョブ!」
ツナギ姿のワルサー大尉も称賛していた。
「名前は、と、阿久津零士{あくつ・れいじ}か。どこのボンボンだか」
乾氏が気絶しているアルマーニ男の財布から免許証を抜いて眺めていた。
「辻さん? このお店って防犯カメラあったわよね? 悪いのだけれど記録を貰える?」
鳳氏もここの常連なので呼び方は辻さん、記録を得たいらしい。辻氏は、はいと返して記録を鳳氏に預ける。
「シカーシ、被害なかったは素晴らしいデスね。さすがはオオミチ!」
傭兵・ワルサー大尉が再び絶賛したので大道少尉は上機嫌に返す。
「言ったであろう、吾輩のカイザーナックルは無敵であると、ワルサーよ」
「なんや。昼間会うた面子が勢ぞろいやないかい。こらもう大宴会やな」
喫煙スペースから出てきた露草氏が面倒くさそうに言う。
「あら葵{あおい}、いたのね?」
「ご挨拶やな。喫煙スペースおったから見えんかったんやろうけど」
と、天海真実{あまみ・まなみ}氏が挙手していた。
「真実、どうかして?」
「私、酔っぱらってたのかしら。物凄い怪物が出てきて、それを少尉さんがボクシングでやっつける様子が見えたの」
「吾輩はボクシングなど使わぬわ、天海嬢よ。この拳は我流で鍛え上げたものであり――」
鳳氏がはいはい、と制する。そして続ける。
「真実、知らないほうが幸せなことも世の中にはあるのよ。この件に関しては関わらないことをお勧めするわよ」
諭すように鳳氏は言い、天海氏はうんうんと頷く。
鳳蘭子氏、昼ぶりだが今でも白衣姿の彼女は、監察医でありタロン学者でもあり、天海氏はまるで生徒のようだった。




