第2話 喰ふ者
何体の怪異の死を見送ったことだろう。
咀嚼音が完全に止んだ祠の中には、死の静寂が広がっていた。
……ぐぅううぅうううう……。
「!!!」
物音ひとつ立てるまいと思っていた。
用は入口付近で足し、水や食べ物は湧き水や苔を貪っていたが、そろそろ限界だった。
……肉が、食べたい。
米でもいい。
限界だった。
血のにおいが、鼻をくすぐって。
生臭さにはもう慣れてしまった私の身体は、そのにおいでさえも食欲を刺激するものとしてとらえてしまっていた。
――――――ごろっ……
瞬間。暗闇の奥から、塊が私の目の前に転がり出てきた。
それは、先ほど咀嚼されたはずの怪異の肉片だった。
祠の神が骨ごと噛み砕き、美味い部分だけを呑み込んだあとの、喰い散らかしの残滓。
怪異の腕だったのか、体の一部だったのかも分からない喰い残しが、まだピクピクと筋肉の痙攣を起こしながら岩床に転がっている。
「あ……」
先ほどの怪異は、翼を持っていた。
人のような顔はしていたが……
あれの、鳥の部分なら?
罪などないであろう。
怪異は、瘴気により人や獣や虫などが変異した存在だという。
正気であれば、触ることすら躊躇うようなおぞましい代物だ。
吐き気が込み上げ、激しい拒絶反応が脳を焼く。
嫌だ。こんなものを口にしたくない。
しかし。
祠の奥から、粘り気のある冷たい視線が私を射抜いてくる。
「喰え」と命じられているわけではない。だが、理解できてしまう。ここで私が飢え死にすれば、獲物を引き寄せる疑似餌としての価値がなくなる。
生きて、蠢き、血の匂いを振りまき続けなければ、私はただの死肉となり、次の瞬間にはこの神の胃袋に放り込まれるだけだ。
生き延びる術は、これしかない。
「……あ……う……」
震える手で、石床に転がる冷たい肉片を拾い上げた。
まだ温かい血が指を伝い、腕を濡らす。視界が涙で歪むのを感じながら、私はそれを口へと運んだ。
ぐにゃりとした、正体の分からない嫌な食感。噛みちぎると、鉄の味と強烈な獣臭を混ぜあわせたような凶悪な味が口いっぱいに広がった。
喉が拒絶し、何度も込み上げてくるものを、私は必死に手で口を塞ぎ、涙と鼻水にまみれながら無理やり呑み込んだ。
「うぐっ……、ぐ……ッ……!」
喉を通る異物の感触。胃に落ちた瞬間、体の中から焼き尽くされるような異常な熱と痛みが走る。
……喰ってしまった。
人たることを捨て、怪異の残飯を喰らい、あの神の僕として生き延びる道を選んでしまったのだ。
喰い終えると、祠の奥の気配が満足げに一度だけ低く喉を鳴らした。




