第9話:酒の席の説教と、華麗なる(?)特命
第9話:酒の席の説教と、華麗なる(?)特命
(投稿日2026-07-02)
俺は基本、会社の飲み会というものが大嫌いだ。
理由は単純。酒が回った人間が必ず誰かしらを捕まえてくだらない説教を始め、せっかくの料理も空気も台無しにするからだ。
そして何より――俺自身が、体内にアルコール分解酵素を一切持たない、筋金入りの「下戸」だからである。
新橋のガード下にある、ガヤガヤと騒がしい大衆居酒屋の座敷。
案の定、営業2課のお局様であるアフガンハウンドの金沢さんが、ハイボールのグラスを片手に自慢の長毛を振り乱し、しゅんと耳を伏せた哀れな新人ゴールデンレトリバーを捕まえて熱弁をかましていた。
さらに最悪なことに、さっきから隣の席の見覚えのない総務部のトイプードル(泥酔状態)が、キャハハと甲高い声で笑いながら、俺のくだらない愚痴に絡んできやがる。取り返す気力すらない。
(……だから言ったんだ。ただでさえ疲れてるのに、ストレスが溜まるだけだって……)
トロトロになるまで長時間煮込まれた、低階層向けの『大豆ミートの偽モツ煮込み』を小皿に取り、俺は慎重に口へ運ぶ。噛み切れない弾力は短頭種の喉にとって窒息の危険があるが、このじっくり煮込まれた大豆の煮込みなら、押し潰すようにして安全に味わうことができる。冷たいウーロン茶で喉を潤しながら、俺は溜息をついた。
周りの同僚たちはビールやハイボールを浴びるように飲み、大声で鬱憤を撒き散らしている。アルコールのツンとした異臭と、酔客たちの荒い熱気が充満する密室。シラフで参加する居酒屋は、俺にとって拷問部屋以外の何物でもない。
(ああ……俺がスパイ映画の凄腕エージェントだったら、今すぐあそこの天井ダクトを蹴破って、華麗にこの地獄から脱出するのに……)
そんな中学生のような逃避妄想に浸っていると、無情にも会計の時間がやってきた。当然のように「一律割り勘」だ。
ウーロン茶2杯と大豆の煮込みしか口にしていない俺が、大酒を喰らった同僚たちと同じ6000円を支払わされる。この理不尽さに、胃がきりきりと痛んだ。
――ヴ……ヴ……。
胸ポケットの中で、スマホが静かに震えた。画面には『会長室』の文字。
俺は救いを求めるように席を立ち、喧騒の座敷を脱出して静かな廊下で通話ボタンを押した。
「……山田か。今、どこにいる」
「は……2課の懇親会で、新橋の居酒屋におりますが……」
「ちょうどいい。今すぐ近くの高級料亭『黒豚亭』へ来い。大口取引先のドーベルマン社長が泥酔して機嫌を損ねている。お前のその『どれだけ理不尽に怒られても、この世の終わりほど深く反省しているように見える顔』で、今すぐクッションになれ」
「……ッ!?」
脱出の口実ができるどころか、ただの居酒屋から「地獄の接待部屋」へのスライド移送だった。
特命は特命でも、どこまでも泥臭く、どこまでも損な役割の「犬間クッション」。
「……承知いたしました」
俺は溜息とともに上着を羽織ると、座敷のテーブルに、薄い財布からかき集めた千円札5枚と百円玉10枚の『6000円ジャスト』を涙目で叩きつけ、店を飛び出した。
下戸のパグに休息の夜など訪れない。
今夜も俺の短い巻き尾は、重い足取りとともに股の間へ深く垂れ下がったままだった。




