第52話:Z世代の狂犬と、光速のフリック入力
第52話:Z世代の狂犬と、光速のフリック入力
(投稿日:2027年4月1日午後)
営業1課から送り込まれてきた、Z世代の新人チワワ。
このじゃじゃ馬のOJT担当という大役に頭を抱えた俺は、昼休みに喫煙所でシェパード副隊長に泣きついていた。
「ハハハ、いいじゃないか。山田君にもついに直属の後輩ができたということだな」
「フゴォォ……。俺のような泥臭いパグに、あんな血気盛んな若者が務まるでしょうか」
「気負うことはないさ。実はうちの警備課にも、レンジャー部隊上がりのベルジアン・マリノアの強烈な新人が入ってきたところでね。お互い、若手の育成には苦労しそうだが、期待はしているぞ」
エリートでコワモテの副隊長は、どこか余裕の笑みを浮かべていた。大型犬の器の大きさが恨めしい。
その日の定時後。マンションの共有ジムで、相棒の田中に愚痴をこぼしてみた。
ペキニーズの田中は、指のない丸い前足に獣人専用の特注リフティングストラップを何重にも巻き付け、20kgのダンベルを無表情で持ち上げている最中だった。
「田中くん……俺、あの新人とどう接していいか分からないよ」
「シュッシュッ……まぁ、いいんじゃないですか? 山田さんの背中を見せて、好きにやらせれば。……新人指導もまた、精神の肥大化を促す筋トレですよ」
相変わらず筋肉のことしか頭にない、全く参考にならない無責任なアドバイスだった。
翌日。
俺は会議室を取り、新人チワワに営業の基礎を教えるための『座学』を行っていた。
分厚いマニュアルを開き、パグの丸く短い前足で不格好にホワイトボードのマーカーを挟み込み、シワに汗を溜めながら必死にコピー機の保守手順を解説する。
だが、ふと振り返ると、パイプ椅子に浅く腰掛けた新人チワワは、下を向いて自分のスマートフォンをポチポチといじっていた。
——初日の座学からスマホいじりとは、いくら何でも舐め腐っている。
俺の中の昭和・平成のサラリーマン魂が火を吹き、つい語気を荒げた。
「フゴッ! こら、スマホなんていじってないで、ちゃんと先輩の話を聞いてメモを取れ!」
すると新人チワワは、大きなウルウルの目を瞬かせ、悪びれもせずスマホの画面をこちらに向けた。
「いや、聞いてますし、ちゃんとメモ取ってますけん」
画面を見て、俺は絶句した。
そこには、俺が先ほどから口頭で説明した複雑な保守手順が、見事な箇条書きと要約で、クラウドのメモアプリに一言一句違わず記録されていたのだ。
「手書きより、スマホのフリック入力の方が断然速いっスからね。これなら後でキーワード検索もできるし、効率タイパ最強ですけん」
「…………フゴォ」
俺は返す言葉を失った。
人間の指を持たない獣人にとって、ペンを握って字を書くのは至難の業だ。しかし、このZ世代のチワワは、その器用で小さな前足を使い、俺が不格好にホワイトボードに字を書くスピードの十倍の速さで、スマホの画面を打ち込んでいたのだ。
『スマホ=遊んでいる』と思い込んで説教しようとした、己の時代遅れな老害っぷり。
そして、ITツールを使いこなす若者に対する、アナログな中年パグの完全なる敗北。
「……そ、そうか。それなら、いいんだ……」
振り上げた拳の行き場を失い、俺は静かにホワイトボードに向き直った。
春の換毛期でスーツに張り付いた抜け毛の痒みと、新時代に取り残されるような中年サラリーマンの強烈な哀愁。
軽快なフリック入力のタップ音が響く会議室で、俺の股の間に挟まった短い『巻き尾』は、すっかり自信を失って、しょんぼりと垂れ下がっていた。




