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『サラリーマンパグ吉 ~今日も尻尾は上がらない~』  作者: 水前寺鯉太郎


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第51話:春の換毛期と、新人チワワの襲来

第51話:春の換毛期と、新人チワワの襲来

(投稿日:2027年4月1日)

 2027年4月1日。新年度の始まり。

 過酷だった夏の強化月間、そして冬の決算期を泥水すする思いで乗り越え、俺は相変わらず、冴えない中年パグのままだった。

 春。それは短頭種にとって、別の意味で地獄の季節でもある。

 ダブルコート(二重毛)のパグは、春先になると強烈な『換毛期』を迎え、ブラッシングしても無限に毛が抜け落ちる。おまけに春の風が運んでくる黄砂や花粉が、顔の深いシワの奥に入り込んで強烈な痒みを引き起こすのだ。

「フゴォォ……ッ、シワが痒い……」

 朝から抗真菌クリームと綿棒で入念なケアを済ませ、俺は少し背筋を伸ばして本社ビルへと出社した。

 我が社でも、ピカピカの新入社員たちが入社してくる時期だ。

 営業2課のフロアに入ると、直属の上司であるゴールデンレトリバーの温厚な課長が、俺を呼んで困ったように眉を下げた。

「山田君。今日から君に、新入社員のOJT(現場指導)担当になってもらうことになった」

「……えっ。俺が、新人の面倒をですか?」

 今までは、他人が散らかしたトラブルの火消しや、トナーまみれの泥臭い保守作業ばかりを這いつくばってこなしてきた。そんな俺が、ついに後輩を教える立場になる。……なんだか、柄にもなく感慨深い。

「俺でよければ、精一杯やらせていただきます」

「……うむ。実は、君の指導につく新人は、うち(2課)の配属じゃないんだ。……営業1課の新人でね」

「……フゴッ!?」

 課長の話によれば、こういうことらしい。

 営業1課は相変わらず強引な飛び込み営業を繰り返し、数字こそ上げるものの、特大のクレームを連発して組織としてボロボロになっていた。それに業を煮やした黒川会長が、「あの狂犬どもに、山田の泥臭い保守営業(アフターケア)の精神を叩き込んでこい!」と、1課の新人を強制的に俺のところへ送り込んできたのだという。

「ちわッス! 本日から山田係長の下につくことになりました! よろしくお願いしまァす!」

 振り返ると、そこには真新しいサイズの合わないスーツを着た、血気盛んで落ち着きのない『新人のチワワ』が、キャンキャンと甲高い声を上げて立っていた。

 1課特有の、あのやかましい狂犬の系譜。おまけに、いかにも効率とタイパを重視しそうな今どきの若者(Z世代)である。

「…………フゴォ」

 後輩を育てる感慨深さなど、一瞬で消え去った。

 どう考えても、前途多難で胃の痛くなる日々が目に見えている。

 冷たいデカフェ茶で胃薬を流し込みたい衝動に駆られながら、俺の股の間に挟まった短い『巻き尾』は、新年度の強烈なプレッシャーを前にして、小さく小刻みに震え続けていた。

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