第49話:エリート柴犬の影と、金曜夜の傾聴
第49話:エリート柴犬の影と、金曜夜の傾聴
(投稿日2026年9月25日)
9月25日、金曜日。
過酷な1週間の営業ノルマと、1課のチワワどもの尻拭いを何とか終え、ボロボロになって会社を出た直後のことだった。
ポケットのスマホが鳴り、画面を見ると、シェパード副隊長の長女・なつみさんからのLINE通知だった。
『山田さん、1週間お疲れ様です。もし今夜お時間があれば、少し相談に乗っていただけませんか?』
相談。その二文字に、俺は疲労も忘れてパグ顔を引き締め、指定された駅前の夜カフェへと急いだ。
薄暗い間接照明のお洒落な店内で、私服姿のなつみさんはどこかうんざりしたような溜息をつきながら、冷たいアイスティーのストローを弄っていた。
「お疲れのところ、本当にすみません。実は……署の同僚で『柴犬』の先輩がいるんですけど、最近やたらと言い寄ってきて、すごく迷惑しているんです」
「……ッ、フゴッ!?」
俺は飲もうとしていたデカフェ茶を吹き出しそうになった。
柴犬。キリッとした立ち耳に、シュッと伸びた端正なマズル(鼻先)。そして無駄のない引き締まった体躯を持つ、日本犬の中でもトップクラスにモテる超絶イケメンのエリート犬種ではないか。
そんな非の打ち所がないハイスペック同僚からのアプローチを鬱陶しがり、なぜ、よりによってこんな『内臓脂肪レベルE(再検査でCに回復)で、少し歩けば気道がヒューヒュー鳴る36歳の中年パグ』に愚痴を言いに来るのだろうか。
「あの先輩、仕事はできるんですけど、プライドが高くて……私の意見なんて全然聞いてくれないんです。それに比べて山田さんは……」
なつみさんはチラリとこちらを見て、ふわりと微笑んだ。
「こうして、いつも私の話を真剣に聞いてくれるじゃないですか。山田さんといる時間が、一番ホッとするんです」
——違う。違うんだ、なつみさん。
俺は気の利いたアドバイスなど一つもできない。ただ、パグ特有の「目元が深く落ち窪んだ、生まれつきの反省顔」のせいで、誰よりも真剣に悩みに寄り添っているように見えているだけなのだ。
だが、そんな種明かしができるはずもなく、俺はただひたすらに、エリート柴犬への強烈な劣等感を胸に抱きながら、神妙な顔でウンウンと頷き続けた。
「……ふむ。なるほど、それは大変ですね」
「そうなんですよ! だからこの前も……」
夜カフェの静かなBGMの中、若い美人警察官の弾丸トークを、ただの『愚痴のゴミ箱』として受け止め続ける華の金曜日。
エリート柴犬へのコンプレックスに打ちのめされそうになりながらも、「一番ホッとする」と言われた言葉の余韻を噛み締め、俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、テーブルの下で少しだけ照れくさそうに揺れていた。




